小説

『拡散する希望』渋澤怜(『灰かぶり』)

 岡本さんがグリムキャットの耳を揺らしながら声を張っていた。
「え?! もう?!」
「うん!! リプライ来たの! 今こっち来るって! 待ってよ」
 岡本さんは手鏡をとりだすと前髪をつまみ、カチューシャの位置を整え、リップグロスを塗る。
「横田さん聞いてよ、オカモね、リプライくれた子がイケメンだからテンション上がってるんだよ」
「えーだってー」
 岡本さんはほっぺを両手で挟んであたふたしている。かわいい。
「この人多分ワセダだよ。ツイートみたらめっちゃ馬場って言ってるし」
「えーでもうちのお兄ちゃんもワセダだけどバカだよ。早稲田生ってピンキリだよ」
「でもイケメンワセダだよ」
 岡本さんはさっきから裏声だ。かわいい。
「あ、きたっぽい!」
 岡本さんが立ち上がって手を振る。現れたのは私達と同じ大学生に見える3人組の男子だった。私の苦手とする、快活でスポーティな感じの。
「あ、谷崎さんですか?」
 岡本さんの声がさっきと同じ高さでずっと高い。かわいい子は男の前で媚びるから声が高くなるんじゃなくて感情が高ぶるとそれが全部ちゃんと声に出るところが可愛いんだと思う。
「こんにちは。これで合ってますか?」
 彼が見せてきたイヤリングはやはり私のもので間違いなかった。
「よかったあ……」
 不覚にも涙が出そうになる。ちょっと気合の入ったお出かけの時は必ずこれをつけてたのだ。髪で隠してたけど。自分にとってお守りのようなものだったのかもしれない。
「本当にありがとうございます」
 岡本さんがぺこぺこして、私は
「……ござす」
と語尾だけそこに連ねる。ここは岡本さんの印象をあげるべきなのだ。
「あの~、3人で来たんですか?」
「いやーグループで来てるんすけど、女子がパレード観たいって言って、俺らは別に観たくないし、なんか乗り物乗ろうかって」
「あ~」
 岡本さんの顔色がくるくる変わる。そうだよな、男子だけでグリム来るわけないよな。女子と一緒だよな。でもパレードは一度始まればしばらく続くし、一緒に行動できるかもしれない、とか考えてるんだろうか。
「私達もパレードは観ない派なんですよー、ねっ」

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