小説

『帰郷行旅』@のぼ(『銀河鉄道の夜』)

 遠くで爆裂音が聞こえた気がして微睡みから解けた。
 私が飛び乗った最終便はいつしか巡航高度まで昇った様でさっきまでの賑やかな振動と上昇感が消えたと思ったら少し間抜けた電子音が鳴ってコックピットからのアナウンスが始った。声の主はまず自分が機長のカサイだと名乗った。カサイ機長はこのエアラインを選んでくれた乗客たちに礼を言い出発が遅れた事を詫びた上で上空はとても不安定でこの先の目的地までの間にはまだまだ機体が揺れる事も予想されるため座席ベルトは閉めたままにして欲しいと言う。そして最後に付けしみたいに新千歳は現在もなお風雪が強くて状況によっては着陸せずに羽田に帰る可能性もあると締めくくりアナウンスは終った。
 その声はあの時の声によく似ていた。
 あまり状況が芳しくないオペのドクターの指示の声に。
 指折り数えてみればナースだった十二年間、その殆どをオペ室、つまり手術室で過ごした。
 そしてオペ室からも病院からも看護師生活そのものからも解放されて三年が過ぎた。 
 ケセラセラだ。
 成るように成る。
 成る様にしかならない。 
 この飛行機がさして遅れる事なく羽田に引き返す事もなく、うまく特急電車に乗り継ぐ事もできてA市まで行く事ができたとしても、父が入院している病院は更にそこから北に80キロ先にある。
 A市で終夜営業しているレンタカー屋ってあっただろうか。無ければ結局はタクシーに頼るしかない。
 真冬深夜のあの街の駅前ロータリーで乗り込んで来た女性客から「N市まで」と告げられた運転手とはどんな反応を見せるだろう。
 N市までは2時間近くのドライブだ。おそらく多分運転手とはこんなやり取りがあるだろう。
「どうされたんです?こんな時間にN市までなんて」
「父が緊急オペを受けたので術後の様子を確認しに行きたいのです」
 私はそうありのままに、そうさりげなく答えよう。そう、私らしく。

 窓のシェードを上げる。
 離陸直後に処何処までも連なって見える関東平野の街の灯がひどく鬱陶しくなってシェードを下ろした。
 此処は何処なのだろう。
 雲海の切れ目から見える街の灯がひどく疎らなのは眼下の雪雲が私の視界を邪魔をしているからだろうか。
 子供の頃を思い出す。
 物心がついた頃、窓から見える夜の灯りは隣の井崎さんの家と井崎さんの牛舎そしてウチの牛舎のだけだった。
 隣の井崎さんちには鈴ちゃんがいた。

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