小説

『まんじゅう二十個食べる、めっちゃ怖い』ノリ・ケンゾウ【「20」にまつわる物語】(『饅頭こわい』)

「きましたね」と田邊が言い、「きますたきますた」と少しおどけて宮部が言う。「ラスまんになっちゃいましたね」と橘が言い、「ええ、ラスまんです」と田邊が応えた。きますたもラスまんも、私としてはどうでもよかったが、とにかくあと一つ、まんじゅうを食べれば、この訳の分からない会合から解放されると考えると、心が和らいだ。早く家に帰りたい。その家がどこにあるのかも、今は分からないのだが。今はここから抜け出す事が先決であるはずだった。と思って顔を上げると、盛り上がる三人と対照的に、森がさっきから下を向いて黙って虚ろな目をしているのが目に入った。どうしたのかと思っていると、次第にガタガタと震え始めた。この様子には他の三人も気づいたようで、橘や宮部が「どうした」「どうしたんですか」と声をかけると、「うああ!」と森が叫び出した。最後の一個となったまんじゅうに、パニックを起こしたのだろうか。それを見た田邊が、「静粛に」と諌めるのだが、それでも森のパニックは治まらず、席を立ち、部屋の入り口まで駆けていきドアを開けようとした。それを見ながら、私がいつのまにかここにいる人間たちのせいで自分が正常な判断をできなくなっていたことに気づいた。呪いのまんじゅうだかなんだか知らぬが、そんな気味の悪い話が出た時点ですぐにこの部屋から脱出することを考えればよかったのだ。今の森のように。森は何やらドアをがちゃがちゃしているようだが、鍵などはなく、ただパニック状態がために開けるのにてこずっているように見える。いますぐ私も、森のところに行って、脱出を手伝うのだ。と決心して席を立とうとした瞬間、
「森ぃぃぃぃぃぃー!」と田邊の怒号が響いた。田邊のあまりの剣幕に、足が動かなくなった。ドア口の森は、まだ震えている。
「森ぃぃぃぃぃぃー!」とまた、田邊が叫ぶ。それに続いて宮部や橘も、「森ぃぃぃぃぃ!」「森ぃぃぃぃぃぃ!」と叫んだ。振り返った森は号泣していて、呼吸が荒く、スゥハァスゥハァと、息を吐いたり吸ったりしながら、また「ああああー」と叫び声を上げた。それを見た田邊がまた「森ぃぃぃぃぃぃ!」と言ってから、「頑張れぇぇぇー」と大声で叫ぶ。「頑張れぇぇぇ! 森ぃぃぃ!」と声が枯れてしまうのではないかと思うくらいの声量で叫ぶ。宮部と橘もそれに加わり、「頑張れー」「頑張れー」という声援で密室の中が埋めつくされていく。異様な光景に、身動きが取れなくなった。呆然としていると、隣にいる橘に、「ほら、田邊さんも声出して」と言われ、「頑張れー」と力いっぱい声を上げて声援を森に送った。森はドア口で膝を落として床に付けると、そのまま頭を下げて踞って、泣き崩れた。田邊が森のいるドア口にゆっくりと歩いていき、森の肩を抱く。宮部と橘も遅れて駆け寄ると、「森さんファイト」「ファイトだよー」と声をかけて、項垂れる森をまんじゅうのある席まで連れて帰ってきた。「よかった」と自分の口から声が漏れ、それに呼応するように宮部も橘も、「よかった」と言った。よかった? なにがよかったのか。私は何を言っているのだろう。「すいません、みなさん。お騒がせしまして」と森が謝り、「ドンマイドンマイ。森さんドンマイ!」と橘がにこにこしながら言った。宮部も田邊も、いつのまにか笑っている。いつのまにか私も、得も言われぬ高揚感を感じ、笑っていた。自然と笑みがこぼれてくる。「では」と田邊が改めて声をかける。もう何も怖くない。この五人で、無事に、まんじゅうを食べて外に出るのだ。
「まんじゅう!」
「まんじゅう!」
「めっちゃ怖い!」
「めっちゃ怖い!」

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