小説

『はたちの狐』網野あずみ【「20」にまつわる物語】(『狐の嫁入り』)

「写真のお仕事?」白い開襟シャツに濃紺のスラックスという秋吉の服装を値踏みするように見ながら、奥さんは少し首を傾げた。
「いえ、今は学生で、修行中の身です。勉強して将来は写真の仕事に就きたいと思っています」
 学生という言葉に安心したのか、「そりゃ、大変だわ」と言いながら、奥さんは金歯を見せて笑った。打ち解けた空気を逃さぬよう、秋吉は気になる娘のことを尋ねてみた。
「あの人って、いつも境内に座っていますよね。何か事情があるのでしょうか」
「え? ああ、和恵ちゃんのことかね」
 奥さんが境内の方に目をやった。
「もうな、何年もああしとる」
 秋吉は思わず目を見張った。何年も……。
 秋吉の表情に純粋な驚きの色を見て気持ちが動いたのか、奥さんは、「可哀そうな子だいね」と言いながら事情を話してくれた。
 和恵と呼ばれるその娘は、麓の村の外れにある土地に、祖父と二人きりで住んでいた。祖父は職人かたぎの面打師で、仕事場の小屋に籠っては、神楽などの面を彫っていたようだ。しかし、その祖父もだいぶ前に他界してしまい、以来、和恵はひとりで祖父が残した面の守をしているという。
「爺さんが死んじまってから、ずっとあんなふうよ。爺さんの遺してくれた面をかぶってね。何を待っとるんだか」
 結局、奥さんにも彼女が面をかぶって境内に座り続けていることの理由は分からないようだった。奥さんは別れ際に、「そっとしといておやり。ここら辺りじゃ皆そうしとる」と言って、神社の階段を下りて行った。
 確かに見ていると、たまに参拝に来る人も、まるで和恵がいることに気づいていないかのように、鈴を鳴らし柏手を打つと、いそいそと帰って行く。その所作が、そっとしておくというより、関わりたくないというように見えてしまうのは、カメラのファインダーを通して自分が彼女に深く関心を持ってしまったせいなのかも知れない。
 ただ、全ての人が和恵のことをそっとしておくという訳でもなかった。
 バラバラと玉砂利を踏みつける大勢の足音がしたので何事かと顔を向けると、麓から上がってきたらしき子供達の一団が、和恵を遠巻きにして、なんと彼女に向かって石を投げつけたのだ。そのうちのいくつかが彼女に当たり、彼女はうめくような声を上げた。
「狐がしゃべったぞ」
 たまらず、秋吉は手を振りかざして怒鳴りながら、囃し立てる子供らを追い払った。子供らは、「仲間が出た」と口々に叫ぶと、転がるように走り去って行った。
「大丈夫か?」

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