小説

『女の子の病』利基市場【「20」にまつわる物語】(『少女病』)

 今日は私の誕生日だ。蝋燭をいちいち二十本もさす必要はないけれど、もう何年もの習慣になっていた。真っ暗の部屋で、孤独に蝋燭を見つめるのは、一年に一度の楽しみだった。歳を経るごとに、増える蝋燭は徐々に部屋を明るくしていった。人生とは輝きが増していくものだと、自分の歳を数えながら願っていた。
 しかし、今年は、ついに二十歳になる。事情が違うんだ。二十歳になるということは、私は少女ではなくなる。もちろん、年齢はただの記号あるということは承知している。しかし、これまでは自分に寄せられてきた視線が、他所へ移行していく様はきちんと想像できる。それが漸次的であるということも理解していたが、二十歳になるということは、それのスタートであるということを、意識せずにはいられなかった。とにかく、私は……。

――早くしてくれないかな。いまが一番可愛いんだからな。いまこの瞬間が一番可愛いんだからな。今後の人生のなかで、一番若くて尊いんだからな。ほら、はやくしろよ、先生。私を焦らすな。

 電車を降り、大学につくと、いつも先生の背中を想像する。あの日、遅れて講義室に入った。あのとき、私は大学一年生。確か、私にとってはじめての講義だった。
 その声。規範を示し、我慢強く、厳格さをもつ。一方で危険めいていて、謎に包まれ、恥に悩むことなんてない。先生の顔は漢字の「帯」、横顔はひらがなの「を」、後ろ姿はカタカナの「ソ」、遠くにいくにつれて簡単になっていく、近くにくるにつれて複雑になっていく。 
 先生をつくるのは、遠くからみると指紋のような皺。それを一番敏感な人差し指の腹でなぞると、その溝はより深く感じられるだろう。そして、その溝の一番深い部分と一番浅い部分の違いが、一年や二年の時間の経過に因らないということを、きっと理解する。また、先生をつくるのは、近くからみると木目のような肌。茶色と黒が決して交互にではなくずれながらも重なり、交差し、いくつもの根っこを、確かに大きくはっている。その大地のなかに、埋まるように、幹の亀裂が横に入っている。そんな口から出てくる言葉に、私はくらくらした。たまらなかった。そして、私は……。

――もう、私に向かって来ないなら、妄想で補うからな。ぎりぎり十代の想像力なめんな。何回、枕で予行練習をしたと思ってるんだ。練習しすぎて、目の前に妄想の先生を召喚できるわ。

 だからこそ、本当はいつまでも少女でいなければならなかった。これ以上の成長に、何の価値もない。やがて老いていく、急速に先生に近づいていく。そんなことをいつまでもぐるぐると考える。
 私は今日、ついに少女でなくなる。それが、ただ、ひどくつらい。先生さえいなければ、とさえ思う。先生さえいなければ、私はこの先の人生を、なんとなくだけれど考えることができていた。しかし、もう、大した意味なんてないように思う。もう少し時が経てば、あとはひとりぼっちになるだけ。

1 2 3