小説

『バーチャル老師』津田康記【「20」にまつわる物語】

 朝早く出社しただけで、ちょっとやる気が出てきたなんて恥ずかしく言えるわけもなく言葉を濁す。
「そこまで腐ってるわけではないようだの」
「え?」
「お主は本来やれば出来る男なのだ。それを一緒に取り戻していってやる」
「はい!」
 思わず元気な返事をしてしまったことに軽く頬を赤らめながら、遊助は仕事に取り掛かっていった。
 だが、気分良く始まった老師との1日は、とてもしんどいものだった。少しでもサボろうとするものなら、あれこれ小言が始まりうるさくて叶わない。しかも朝に起動し就寝時に止まるという設定になっており、遊助の手で老師を止めることもできず相手をせざるを得なかった。
「何をやっておる?」
「いえ、その…」
 遊助は公園のベンチへ腰を下ろしていた。得意先を回ってから遊助は新規顧客のために飛び込み営業を行っていたのだが、1件目で罵られるほどきつく拒否され、嫌気がさしてしまったからだった。
「ちょっと気分転換を」
「まだ何も結果を出しておらんぞ」
「いや、でもメンタル的にきついかなって」
「たわけが!」
 老師が持っていた杖を思いっきり振り上げる。バーチャルだし無意味だと思っていたら、ばちん!という音ともに杖が手にヒットし熱い痛みが体を走り抜けていく。
「いたっー!いきなり何するですか?!」
「口で言ってわからんやつにはこうするしかあるまい」
「まさか…!」
 ふいに今朝に記憶が蘇る。あの時、確かに頬を鋭くビンタされた。あれも老師のせいだったのかと遊助は気づき、ドS上司・戸田への怒りが込み上げてくる。テストとは言え、これはやりすぎだ。
「暴力振るうなんて最低ですよ!パワハラだと訴えて……」
「安心せい。本当にダメージを受けたわけではない」
「へ…?」
 不審に思いながらも遊助が自分の手を見ると、腫れもなく、赤くすらなっていなかった。どうやら痛みを感じるだけで実際に叩かれたわけではないらしい。
「お主の脳に直接働きかけているだけじゃ」
「な、なるほど…でも、それ安全なんですか?」
「やりすぎなければ命に問題はない」

1 2 3 4 5 6 7