小説

『バーチャル老師』津田康記【「20」にまつわる物語】

 「今日で君はクビだ」という戸田部長からの一言に、安藤遊助は遂にこの日が来てしまったかと痛感した。20階にある部長室に入った時から嫌なざわつきが胸の中にはあった。
 遊助が何気なく窓のほうに目をやると、都会の風景が一望でき、豆粒のように小さく見える人々が忙しなく動き回り、いつもと変わらない喧騒がそこにあった。それが何故か余計にもの哀しさを誘う。
 思えばサボりにサボりまくった人生だった。大学を卒業後、人材サービスの業界に入り、ろくに努力もせずに新卒から20年近くやってこられたのは奇跡と言えるだろう。
 常に仕事をしているように見せかけ、何かトラブルが発生しても対処できるよう上司や仲間のご機嫌をとって来た。厳しい不況の時代も乗り切り、安藤さんがいると場が和むよね〜(仕事は出来ないけど)、いつでも愚痴聞いてくれて助かるよな〜(営業成績最悪だけど)と、サボリーマンの地位を確立してきた。

 景気の好調によって解雇の心配もないだろうと高を括っていたが、その一方で職場は効率や成果が重視される流れが生まれていた。いずれはその日が来るかもなんて思っていたが……晴天の霹靂とはこのことか、霹靂ってなんだか美味そうだなと現実逃避から遊助は余計なことを考える。
「会社に残りたいかね?」
 困惑する遊助を見て、戸田は心底楽しそうに顔を歪める。本当に人が苦しむ姿が好きだよな、このドS部長めと心の中で遊助は悪態をつく。
 転職売手市場の今、これを機に転職するという方法もないわけじゃない。しかし、スキルも実績もないおじさんが新しい職を見つけられるとはさすがの遊助も思わなかった。
「もちろん残りたいです!」
 残れるものならそれに越したことはない。他に良い案があるわけでもなく、ひとまず時間稼ぎのためにも『残りたい』アピールをすべきと判断した。
「…君が生き残る手段がたった一つある」
「本当ですか?!」
 ここは何が何でも戸田の機嫌を取ろうと、普段よりも2割り増しで嬉しさを表すよう顔を作り、声の音も明るくして答える。その反応に満足するように頷いてから戸田は語り出した。
「20日間、君にバーチャルトレーナーの被験者になってもらいたい」
「私がですか?」
 近年、業務改善や営業成績アップのために、専門のトレーナーをつけてサボりを防止し目的達成を手伝うサービスが流行していた。

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