小説

『間奏曲・平成』糸原澄【「20」にまつわる物語】

 青梅街道から左折して、数分も走ればもう家に着く。もう少しだけこの箱の中に居たいと思ったけれど、滑らかに車輌は流れた。
「ご乗車くださってありがとうございます」
 太田黒公園の裏で静かに車は停まった。
「あっという間でした」
 有楽町で翔一と飲んでいた小一時間前が、何年も前のことのように感じた。 料金を支払い聡は現実へ降りた。
 1LDKの広くはない空間がいつも通り待っていた。
 引っ越そう、元号が変わる前に。東雲、潮見、東京の東側ならどこだっていい。
 二十年は失われてなんかいない。これからの三十年間も同じように重ねていける。
「よし、飲みなおすぞ」
 独身を謳歌せずには始まらない。聡はクライアントから貰った森伊蔵を取り出した。
 豪快に栓を開けて、ポンッと心地よい音を響かせる。
「おれもだよ。ばいばい」
 平成は、今はただほろ苦い。この酒みたいに澄んで爽やかに甘くない。
 けれど、三十年経った時に芳醇さを感じられる時代になっているだろう。時間と空間がないまぜになった、形容し難い一杯をくっと煽る。
 ほのかに甘い香りが、夜半過ぎのリビングに広がる。
 静けさが沁み透っていった。

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