小説

『ボクと小さな本屋さん』鈴木沙弥香【「20」にまつわる物語】

 見つけた先、男は趣味本が並ぶ本棚を眺めていた。どんな趣味をしているのだろう? 横に並んで、男性の視線を追う。
「なんだお前」
 低くて警戒する声に、ボクは背筋が伸びた。これは間違いなくボクに向かって発せられている言葉だろう。ゆっくりと男の方を向くと、男は眉を潜めて少し怪訝そうにボクを見ていた。ごめんなさい、そう言うのがやっとで、ボクは男から離れて香菜さんが居る受付へと戻った。
「どうしたの、そんなにしょぼーんとして」
 どこか楽しそうに香菜さんが聞いて来る。
「一緒に見る? 絶景100選」
 手招きされて、ボクはトボトボと歩き、香菜さんの隣に座った。
 香菜さんはいつだってボクを見ると、とても楽しそうな顔をする。子どもをあやすような、子どもをからかうような、そんな感じの顔。
 そういえばあの男、ギターの本を見てたよ。ギター弾くのかな? ちょっと想像できないよね。なんてこと早口に香菜さんに話したら、香菜さんは人差し指を口に当て、今日何度目かの可愛らしい笑顔をボクに向けた。
「しー、静かに」

 
 紗枝ちゃんと出会ったのは、半年ほど前だった。雨の日は、暇と言ったら失礼だけど、でも正直暇すぎて受付でうたた寝をしていた。ふと目が覚めたとき、目の前には制服を着た紗枝ちゃんが鞄を抱えて立っていて、とても驚いたのを覚えている。
 ボクが目を覚ました時、紗枝ちゃんは口をパクパクさせて何かを伝えようとしてきた。
 どうしたのかと近づくと、紗枝ちゃんはとても小さな声で「ぐりとぐら、知ってますか?」と言った。あぁ、絵本か、とボクは絵本の本棚を案内した。紗枝ちゃんは戸惑いながらもボクの後ろをちょこちょこと付いて来る。それを見ていたら、なんだかお兄ちゃんになった気分がしてちょっと笑ってしまった。
 紗枝ちゃんは“ぐりとぐら”を見つけると、ボクを振り返って「ありがとう」と満面の笑みで笑った。その笑顔は今でも忘れられない。例えるならまるで天使のような……なんて気持ち悪い例えしか出てこないけど。
 いつの間にか香菜さんが受付にいて、紗枝ちゃんは緊張した面持ちで絵本を香菜さんに渡していた。けれど、なんだか紗枝ちゃんの様子がおかしい。紗枝ちゃんは鞄から出した財布の中身を確認して、俯きながら小さく首を横に振っている。どうやらお金が足りなかったらしい。一体どうするのだろうと、ボクは少し離れた所から2人を見ていた。
 香菜さんはじっと紗枝ちゃんを見ていて、紗枝ちゃんは少し顔を強張らせて固まってしまっている。
「すみません……」

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