小説

『20年前のおやつの時間』岸辺ラクロ【「20」にまつわる物語】

 デート以外何もしていないというのに、思ったより疲れてしまった。気が付くと風呂も入らずに寝ていた。蛍光灯のまぶしさに目がくらんで時計を見ると、午前5時だった。彼女からは長々と長文のラインが来ていた。僕も長文で返して、少し時間をおいて、おはよう、と打った。
 もう一度寝ようと思ったけれど、7時間も寝てしまったあとで頭も目覚め始めた。「初恋温泉」をリュックから取り出し手に取って、読み始めた。朝の陽ざしが差し込んでくるころに携帯を手に取って確認したかった。彼女からの返事は来ているのか。来ているとしたらどんな返事なのか。
不意に半年前の記憶がよみがえる。ずっと好きだった女の子とデートして、恋人同士の関係になった次の日の朝に来たメッセージ。
―――あのね、私よく考えてみたんだけど……
 時計の短い針は9を指している。僕は携帯を手に取る勇気が持てず、「初恋温泉」を読み進めた。読み終わったのは10時23分だった。本を置いて、浜辺に打ち捨てられたゴミのように丸まった布団の傍にある携帯を手に取った。起き上がった僕の頬を陽ざしがくすぐった。外を見ると、昨日と同じ、雲一つない、果てしない青空だった。

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