小説

『雨の子供と午後3時』もりまりこ【「20」にまつわる物語】

 ジグソーパズルのような。いろいろな欠片が地面に散らばって。アジサイが咲く前の緑の匂いのなかに紛れ込む。
 むかしむかし、じぐそーぱずるは解体地図だったと知ってたくさんの国が今あるべきところではなくて、思い思いの場所に存在しようとしているところを想像してしまう。

 ここじゃなくてあっちだったり、むこうのものが少しずれて隣に座って、そのまま反転してどこか遠くへ風に吹かれて、着地したところが妙におさまりがよくて、そこを居場所にしようとしたり。
 どうしてじぶんがこの国に生まれて、どうしてこの街にたどり着いて、いま嵐といっしょに暮していることを思うと不思議でならない。

 好きなPR誌のうしろの方のページにはいろいろな国の人たちのとある1日の午後3時がの日記が綴られていた。

 嵐と雫のいる日本もいまちょうど土曜日の午後3時過ぎだった。
 雫はフローリングにべたっと座って、ページを無造作にめくる。
 その様子をちらっと見ている嵐は、彼女に何か言葉をかけようとしてその言葉を呑んだ。雫は雑誌から目を上げないまま言葉を放つ。
「嵐、あのね言いたいことがあるんだったら言って。そういうの気持ち悪い」
「わかってんだろう。雫だってさ。そういうことちゃっちゃと済ませようよ」
 そうやって他人事だと思って、って口の中で独りごちた雫のその声を聞き逃さなかった嵐は喧嘩腰じゃなくて、おちついて言葉にした。
「ひとごとじゃないでしょ。こういうのはふたりごとでしょ」
「でも、嵐」ってその後を続けようとしたけど、もういいって雫の方がこらえきれずにキレた。
 キレたのは雫だけれど、嵐はいつもほぼほぼ正しいのだ。まちがってはいない。だから腹が立つ。今すぐあたしが立ち上がってちょっとだけ右寄りに歩いて行って、ドアを開けてしまえばいい。たったそれだけのことだってことは、わかってた。でもまだその勇気がなくてグズグズしていた。

「嵐、聞いて。で、選んで。ボスボラス海峡に面した茶館でまどろむベルリン生まれの文筆家の午後3時とね、ローマのナヴォーナ広場を散策する児童文学作家の午後3時とね、雨模様のボゴタ。アンデス山脈のふもとでパソコンの画面と窓の向こうの雨を見ながら、着想が浮かばないと格闘しているコロンビア生まれの作家の午後3時どっちがいい?」

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