小説

『花嫁の便り』倉田陸海【「20」にまつわる物語】

 僕が呆然としていると、彼女はそう言って僕をじっと見た。ふてくされたような顔をしているのに、そこには獲物を見据えた蛇みたいな変な迫力があった。信じないと言った途端に、短いスカートの中に隠した尻尾で僕の首を絞めてきそうだった。当然僕は頷くしかなかった。彼女は安堵からか、控えめに膨らんだ胸の上に手をやって、ほっと息をはいた。その仕草は電話の彼女とあまりにそっくりだった。勿論僕は電話の彼女と直接会っていない。でも目の前にいる学生服を着た彼女の息遣いや雰囲気は、確かに電話の彼女だった。信じられない話だけれど、そもそも約束をしてしまった限り、僕は彼女の話を信じなければならなかった。
「話を続けます。私が公衆電話で話をした酒井幸樹さんは、最初の一分間と私の元に送った二十円で、十三年後の私とあなたが立てた計画を話してきました。ちなみに二十円だけなのには、そういう決まりがあるからだそうです。彼は私が信じるように、私しか知らない私の秘密を話してきました。勿論それだけで信じるわけにはいきません。重度のストーカーだって可能性もありますから。でも彼の態度というか雰囲気には一切悪意のようなものが無くて、私は話を聞くだけ聞きました。」
「その計画っていうのは?」
「それは、そのですね……」
 それまで饒舌だったのに急に言い淀んだかと思うと、今度は俯いて足元の砂をつま先で軽く蹴り始めた。僕は彼女が話を再開するのを辛抱強く待った。しかし十分ほど経っても彼女はもじもじと身体をよじらせて、中々話さない。彼女の背後にある海を見ると、いつの間にか太陽が沈もうとしていて僕は腕時計を見た。もう十七時を回っていた。
「そんなに話辛いことなの?」と聞くと、彼女は下を向いたまま頷き、頷いたことで更に下を向いた。彼女が黙ったままなので、僕は自分で、未来の僕らが実行させたい計画のことを考えてみた。ここで再び僕の悪癖が登場して、つい僕は思いついた冗談を口にしてしまった。
「未来の僕たちは、今の僕たちに結婚の約束でもさせようとしている、とか」
 瞬間、彼女の肩が五センチほど大きく跳ね上がった。そしてようやく顔を上げたと思ったら、いたずらがばれて必死で言い逃れをしようとしている子供のような表情をしていた。
「違うんです、その……」
「ごめん、冗談が過ぎた」
「いえ、正確には約束じゃなくて、本当にさせようとしているんです。結婚を」
 ようやくウサギに追いついたのに、ウサギは本気を出してすっ飛んで行ってしまったみたいだった。

『その様子だと、わたしはあなたに上手く伝えられたみたいね』と電話の彼女は言った。その心底嬉しそうな声を聞く限り、海での話はやはり本当だと思えた。信じようと決めたのは事実だけれど、それでも僕は未来との繋がりというものに、まだ絶対的な確信が持てなかった。普通に生活していれば起こりえない出来事があまりに多すぎたからだ。

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