小説

『じゅーじゅ』末永政和【「20」にまつわる物語】

 他の言葉は一切しゃべれない。数えることしか彼女はできない。はじめは三つまで、少しずつ数は増えていき、十まで数えられるようになった。根気よく妻の手をとって、私は二ケタの数字を教えていった。

「じゅーいち、じゅーに、じゅーさん」

 そうだ、偉いぞ。よく言えたじゃないか。

「じゅーし、じゅーご、じゅーろく」

 これだけ数えられるなら、ほかの言葉もすぐに喋れるようになるぞ。

「じゅーしち、じゅーはち、じゅーきゅ」

 なぁ、本当に君は、全部忘れてしまったのか? 

「……」

 なぁ、答えてくれよ。頼むから、帰ってきてくれよ。

「……じゅーじゅ!」


 娘が何度も繰り返していた言葉を、妻は大切に心の片隅に取っておいたのだろうか。それとも自身の全てを消し去って、私たちが懸命に愛した娘の魂を、この世に連れ戻そうとしたのだろうか。
 このささやかな奇跡を喜ぶべきなのか悲しむべきなのか、私には分からない。「じゅーじゅ」と言いながらあどけなく笑う妻を抱き締めることしか、私にはできない。

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