小説

『また、20時。』柿沼雅美【「20」にまつわる物語】

 自分が娘だったら嫌だというのが彼女の顔に書いてある。
「ずっと、ここから見てきてね」
「こっそりですか?」
 二回も聞くかと、また少し笑えた。ずいぶん前から、こっそりでしか家族の生活を知れない気がする。
「高校生になったばかりの頃、部活が遅くなりそうな頃、受験勉強の帰り道、いろいろな場面をここからこうやって娘を見て来た」
 カウンター沿いの窓に目線を下ろすと、向かいの歩道に、ゆりかと友達が歩いてくるのが見えた。思わず、あ、と言うと隣から、かわいらしい子ですね、スタイルよさそう、と声がする。
「かわいらしいじゃなくて、かわいいんだよ」
「親バカですね」
「誰でもそうだろう親は」
 僕の目線を追いながら彼女が、かわいい子ですねここからじゃ良く見えないけどかわいいと思います、と言い直してくれた。
ゆりかは友達とライトアップされた桜を指さしたり、スマホをかざしたりしていた。そのうちに駅から流れてきた人波に紛れたり、大型のトラックに隠れて、少しずつ少しずつ遠くへ動いていく。
「あぁもう見えなくなっちゃいますよ、席移動します?」
 彼女は腰を浮かせてゆりかたちを覗き込む。
「いや、十分だよ」
「たった数分しか姿見えてませんよ? 一緒に住むのも今月までなんですよね? いいんですか? ほんとに?」
 彼女は僕が話したことをちゃんと覚えているようで少し驚いた。きちんと仕事をするのは知っていたが、記憶力がいいのだろうか。
「大丈夫。ライトアップして薄紫や濃ピンクの中で見る姿は大人になったように見えたよ」
 僕がゆっくりとそう話すと、彼女は、そうですか、と言ってカクテルをさっきよりも多く飲み、座り直した。
「若い頃は、桜が咲くと娘たちみたいに少しはしゃいだりしていたけど、この歳になるともう、咲くよりも散っていくほうが親しみがわいてね、不思議だけど」
「そうなんですか。私は、散っていくのも好きですよ。また咲くじゃないですか」
「そうだけど、1年後だよ?」
「そうですけど、絶対また咲くじゃないですか」
「そうか」
 また咲く、という力強い声を聞いて何か僕の中で安心してもいいと言われているような気分が沸いた。
「びっくりしたんだ」
 僕が話し出すと、彼女は僕を見て、何も言わずに小さく頷いた。

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