小説

『ボクと彼女とアキのこと』島田ひろゆき【「20」にまつわる物語】

 彼女は笑顔で「ありがとう」と言う。
 今の彼女の姿はボクより大人に見える、黒のスニーカーはナイキでもニューバランスでもアディダスでもない知らないメーカーのもの、ボクの半年前は新品だった白いナイキは薄汚れて灰色だ。

「うちの人は誰もいないの?」家に入ってから彼女が聞く
「うん、母さんは仕事、姉さんは出かけてる」(やっぱり「姉さん」というの気恥ずかしい)
 ボクが「座って」というと、彼女は赤いジャケットを脱いでソファーに座る、ジャケットの下に着ていたTシャツにSELECTERとプリントされていたのがわかる。彼女が好きなバンドだろうか?
「何か飲む、コーラがあるけど」が聞く。
「うん、ありがとう」と言う彼女にコーラを渡して、ボクもソファーに座る。
 TVをつけて「500日のサマー」のDVDをプレーヤーに入れる。
 画面に20世紀フォックス・サーチライトのロゴが出ると、彼女が「私、この映画は、映画館で2回見たの、それからレンタルで1回みた」と言う。
「ぼくは映画館で見れなかったよ」いかにも見たかったというような言葉だけど、見れなかった、というのは嘘じゃない。
「どうやって、この映画のこと知ったの?」
 ボクはちょっと答えが出てこなかったが「知ってるひとに教えてもらったんだ」と言う。これも嘘じゃない、彼女に教えてもらったんだから。
 映画がはじまって沈黙。
 何か話しかけようと思ったボクは「電車、混んでた?」と聞き、またすぐの間抜けなことを言ったと思う。
「ううん、混んでなかった」彼女は画面を見たまま答える。
 そしてまた沈黙。
 画面にはサマーがトム(サマーと恋仲になる建築家志望の男)に初めてキスをするシーンが映っている。ボクはそれを見て、サマーを彼女にトムをボクにして、同じようにキスをしているところを想像する。その時に、彼女が「あっ」と声を上げる。
 彼女の方を見ると、コーラがテーブルにこぼれている。
「ごめんなさい」彼女は倒れたペットボトルを立たせる。
「大丈夫、大丈夫」ボクはティッシュを箱から何枚か出して、こぼれたコーラを拭こうとする、左手で。
 ああ、こういう咄嗟の場合は左手を使ってしまう・・でも、もう遅い。ボクの左手に彼女の目がいったことは、すぐにわかった。
 ボクは彼女にティッシュの箱を渡して、コーラが沁みて茶色になったティシュペーパーをゴミ箱に捨てる。
「ごめんね」彼女がティッシュで手を拭きながら、申し訳なさそうに言う。

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