小説

『ボクと彼女とアキのこと』島田ひろゆき【「20」にまつわる物語】

 彼女はレコードの枚数を数える。「44枚ですね」それから、彼女は壁に掛かっている時計(二つの針がドラムのスティックになっている)を見て、「今、買い取り価格を決める者が出ているので1時間くらいお待ちいただいていいですか」と言う。
「大丈夫です。それじゃ、よろしくお願いします」アキは言う。

 アキとボクはレコード屋の近くにあったカフェに入り1時間を潰そうとする。ボクはチョコレートがたっぷりかかったドーナツ(ほら、やっぱり美味しいものってのは、ハンバーガーかドーナツだ)とコーヒー、アキは細かく刻んだナッツがふりかけてあるドーナツとコーヒーを頼む。ボクが砂糖とミルクをたっぷりコーヒーに入れると、アキが「そんな甘いのよく飲めるね」と言う。アキは何も入れないコーヒーを飲んで、持ってきたレコードが幾らになるかなあ、とか、買おうと思っているシングル盤が売れていなければいい、とか、ひとり言のように言っているけど、ボクはよく聞いていない、ボクの頭の中はレコード屋にいた女の子のことでいっぱいだから。
「ねえ」アキが人差し指でボクの口をさす。「チョコ」
 ボクは紙のナプキンで口についているチョコレートを拭いて、アキはさっきボクが左手をポケットに入れたことに気付いただろうな、と思う。以前は、ボクが左手をポケットに入れるのを見ると、「ポケットに手を入れなくていいよ、そのことでバカにするヤツはクソヤローなんだから」と言っていた(アキがクソというのを、ぼく以外の誰かと話す時に使ったのはきいたことがない)、でも最近は何も言わない。

 一時間が経ち、ボクはまた女の子に会えると思いながらレコード屋に戻ったけれど、女の子はいなかった。その代わりに金色の丸いフレームの眼鏡を掛けて白髪が少し混ざっている長い髪を後ろで束ねている長身の男の人(ボクが想像する、ロックを聞いていそうな人そのものというかんじ)がレジに立っていた。
 アキとその男の人が話をしている間、ボクは彼女がどこかにいないかと期待したけど、一目で見渡せる広さの店内に彼女がどこかにいるなんてありえない。

 アキは帰りの電車の中で、フレイミング・チップスだかリップスのレコードの買い取り価格が思っていたより安かったと言う、他にもアキはボクに何かを話していたけど、カフェにいた時と同じように、アキの言うことはあまり聞いていない、ボクの頭の中はレジにいた女の子のことでいっぱいだったから。

 火曜日、学校の帰りにボクは中古レコード屋に向かう。レコード屋のドアを開けようとすると、レコードの入った袋を大事そうに抱えた男の人が出てくる。中に入るとレジには彼女がいて「いらっしゃいませ」とボクをみて会釈をする(ボクのことを憶えてくれているのだろうか?)、ボクも会釈をする。店内は今、彼女とボクだけ。
店内に流れていた曲が終わって、彼女はCDを入れ替えて、女性の優しい声の曲が流れだす。聞いていてやさしい気持ちになれるような歌だ。

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