小説

『明日の星模様』Akiha Ogawara【「20」にまつわる物語】

 準備をするために順番に店のトイレに入る。少し窮屈ではあるが、きれいで人気のないトイレなので、次があったとしたら、またここにしようなんて思いながら、大聖堂書店と書かれたエプロンに制服のシャツの上から袖を通し、その上からブレザーを着る。
 私の名前が書かれただけの簡単な名札を左胸につけて、一通りの準備が揃う。

「いきますか」

 ふっと小さく息をついて、個室を出る。会計を済ませて外に出ると、信号が青に変わったスクランブル交差点を渡る人の群衆が全員私たちに向かっているように思えて、立ちくらみがした。大聖堂書店と西村フルーツの建物の間に入り、ブレザーを脱ぎ小さくしてカバンに入れる。教科書なんて入ってない私のカバンはそれでもスペースがあった。大聖堂書店の建物の裏にある従業員専用出入り口の前まで行くと、案の定、警備の人がいた。胸元に付けた名札に手を添え、あたかも大聖堂書店のバイトの5時のシフト交代です、という顔をして建物の中に入れてもらう。
「お嬢ちゃんたち、今日もお疲れ様」
 振り向きもせず、ありがとうございますとだけ言って細い通路を奥へと進む。第一関門クリア。

 大聖堂書店の控室を通り過ぎ、それより先は電気のついてない薄暗い廊下をなおも進む。裏口より先は普段は誰も通らない場所で、私たちが一列になって一歩進むごとに目には見えない埃が舞う。突き当たったところを右に曲がると、いつもは広告張り替え業者や清掃業者の人しか使わない螺旋階段が、私たちをよそよそしい顔で出迎える。 錆びた鉄製の一段一段を、滑り止めの突起を足裏に感じながら登っていく。登った先にある異世界を求めて無意識に私の足取りは早くなる。この匂いや、どこか懐かしくなるようなこの薄暗さが、私を知らないどこかへ連れていく。長い螺旋階段を登った先に現れる重い扉の古臭いドアノブに手をかけた瞬間、時間が止まってしまうような怖さを覚えて急いで軋むドアを押す。

 開いたドアから差し込む、初めて見る光の色に思わず足を止め、目を細める。渋谷で1番空に近いここからは、こんなに大都会であるのに、太陽を見上げればその視界を遮るものは何もなかった。私の身長の三倍はあるであろう、鮮やかな緑地に白いブロック体でサロンパスと書かれたその看板は、見渡す限りに無数に目に入るどの看板よりも堂々としていた。その看板に反射して虹色となった光は次の行き場を探して私たちを照らす。
「すっご。なにこの景色。」
「こんなの初めて。」
 言葉を失ったYの方を向いた時、背景に横になって動くものが目に入る。
「だれ、僕昼寝してたのに。」

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