小説

『ふーけつのひと』堀部未知【「20」にまつわる物語】

 そのおならが18回目だと僕が言うと、
 「もう行かなきゃ」
 そう言って、風子はあわてて服を着ると、もう一度風を吹かせてから、逃げるように出ていった。
 翌日も風子は部屋にやってきた。
 止まらないというのは、おならのことだろうか。彼女はいったいどんな人なんだろう。聞きたいことはたくさんあったけれど、僕らは脱衣と行為に夢中になった。この日も18回のおならをして、風子はいなくなった。
 その翌日にも風子はやってきた。この日も脱衣と行為に夢中になったけれど、僕は話をしたくて、帰ろうとする風子を引きとめた。けれど風子は、僕の手を振り払うように出ていってしまった。
 僕はなんだか傷ついて、弄ばれたのかもしれないと悩んだ。
 翌日も風子は訪ねてきたが、僕はもう鍵を開けなかった。情熱的な恋に落ちたと思っていたのに梯子を外されたような気がしたし、馬鹿にされているような気持ちにもなったからだ。
 それからも毎日風子はやってきた。
 僕が鍵を開けようとしないので、玄関の前に座って読書をしていたり、沿道の木蓮の下で僕の部屋を眺めていたりした。ストーカーのようだけど、そこには温かみを感じたし、見守られているようで、嫌な感じや強引さはなかった。その姿は、対岸で雪解けを待っている一輪の花のようにも見えた。
 数日が過ぎて、ドア越しに話をするようになった。
「ユリオは普段なにしてる人?」
「大工」
 突き放すように僕は言った。
「着物で出かける大工さんなんていないわ」
 いつも僕は見られていた。
 僕の仕事は噺家だ。
 この春に二つ目になったばかりで、噺家としての仕事はまだ少ないけれど、師匠の身の回りの世話や、寄席の前座仕事からは解放されたポジションだ。ここ数日は休みといえば休みだけれど、稽古といえば稽古の日々で、本当のところ、恋にうつつを抜かしている場合ではなかった。
「寄席に出たり、兄弟子と落語会を開いたり、イベントの司会などで暮らしてる」
 そう言うと、ドア越しに相槌を打つような風子のおならが聞こえた。
「風子はなにしてる人?」
「わたしはバイク便で働いてる。音を気にしなくていいし、人間関係が楽だから」
 長い沈黙があって、少し悲しそうなおならが聞こえた。不意に、ドアの向こうで風子が泣いているような気がした。
「風子?」

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