小説

『GASOLINE BOOGIE』広瀬厚氏【「20」にまつわる物語】

 なかなか地獄に道づれにするほどの悪が見つからない。ガソリン携行缶を横に乗せ、深夜のドライブを始めてすでに半月ほどになる。確かに何度か悪い奴らは見つけた、しかし世の中には、もっともっと悪い奴らが山ほどいる。うんざりするほどいる。そう思って、洋介は焼身自殺を先送りしてきた。

 町外れのアパートを出て車は町の中心へと向かった。出てすぐに青白い光を放つコンビニがある。コンビニの駐車場に、いかにもガラの悪い車が、白線を斜にまたいで止まっていた。洋介はコンビニへとハンドルを切った。今どきあまり見かけない下品な外装を施した、少々古いその黒いベンツの横に、洋介は自分の車を止めた。止めてすぐ、頭の足りなさそうな女を連れた、チンピラ風情な男が、コンビニから出てきた。洋介は、そのまま車から降りずいた。
「なんじゃこのボロい車は。邪魔なとこに止めやがって!」
 そう言って男は洋介の車のリアバンパーを足の裏で思い切り蹴とばした。それから車の中をのぞき込んだ。中に人のいるのを認めた男は、運転席の窓ガラスを拳でコンコン叩いた。洋介はガラスを下ろした。
「おい邪魔だ! すぐどかせ」と、男が怒鳴る。
 が、洋介は無言で前を見たままにいた。
「おい!邪魔だって言ってるだろ」
 男の右手が無表情に前を向く洋介の胸もとに伸びた。伸びた男のシャツの袖口からは、刺青が顔をのぞかせている。洋介は顔を横に向け、男を睨んだ。
「この野郎ナメくさりやがって! 引きずり出してやる」
 男の手に一段と力が入った。洋介は無言のまま男を睨み続ける。男の後ろにいた女が退屈そうに、大きなアクビをした。
「ケンちゃん、お兄さんがかわいそうだからよしときなよ。それより早く帰って私といいことしようよ、ねっ」
 男はペッと洋介の顔にツバを吐き、運転席のドアパネルをつま先で蹴り凹ませ、胸もとから手を放した。
「お兄ちゃんよぅ、そんな態度とってると命縮めるぜ。まだ若いんだからじゅうぶん気をつけな」
 男は吐き捨てるよう、そして考え足りぬ者を悟すように言って、もう一度車内にツバを吐きかけ、去った。男のベンツは激しくタイヤを軋ませコンビニの駐車場から車道に出た。
 男の去ったあと、洋介は助手席足もとの赤いガソリン携行缶に目をやった。目をやりながら、額から頬にいやらしく伝う、穢らわしい男のツバを手の甲でぬぐった。
「あんなチンピラ風情に、このガソリンを燃やす資格はない」
 洋介は心にそう呟き、車を降りた。先の男を憐れに思った。コンビニに入り、缶コーヒーを買った。車に戻り缶コーヒーのプルトップをあけ、タバコに火をつけ、しばし馬鹿げてどうでもいいような、先程の悪い余韻に浸って、車内でひとり時を過ごした。

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