小説

『にじゅうの記憶』まつまる【「20」にまつわる物語】

高校時代の私はといえば仲の良い友達がおらず、登下校時や昼休みの時間、グループを作れと言われた時などはいつも一人だった。決していじめられていたわけではなく、一人でいるのが気楽だったから私自身がそうしていただけで、必要があれば誰とでも話す社交性はあった。
だから一人で過ごしていること自体には精神的苦痛を感じてはいなかったのだが、もしかしたらいじめられているのではないかと教師陣が常に私の身を案じて向けてくる視線は何よりも精神的苦痛だった。
しかしそんな生活にもすでに慣れていた3年目の秋、私はようやく先生たちのその親切で暴力的な視線から解放されることになった。

9月のその日は文化祭だった。残暑というにはあまりにも強烈な日差しと湿気にいつも以上の人の多さで、校内の熱気は真夏のそれどころではなかった。
できれば賑わっている所に出ていきたくはなかったのだけれど、窓が開いているのか閉まっているのかもわからないほど無風で、エアコンも無ければ扇風機すら無い教室にはとてもいられず、仕方なく財布を抱えて教室を出た。すぐに人々の活気と熱気にあてられて体調を崩した私は、中庭の脇にある自販機を目指した。

自販機の前に着くと、青白い顔をした男子生徒が財布の小銭入れをガシャガシャと漁っていた。
私がそれをしばらく見つめていると、その生徒は手を止め、おもむろに私の顔を見て口を開いた。
「20円ある?」
この時、私は初めて彼と出会った。

 
学生映画祭のチラシに載っている仁藤律郎という名前の横に「かし・かり」と書いてあった。どういう意味のタイトルなのだろう。単純に「貸し・借り」ということだろうか。
顔面蒼白の仁藤が助けを求めてきた時、彼はすでに100円を投入してスポーツドリンクを買おうとしていたが、少しだけ足りないようだった。そして私も偶然十円玉を切らしていて、仕方なくお守りの20円を足した。お守りを見て大切な物だと思ったのか、あっ、と小さな声が聞こえた。
後日、お守りの中身は自分で補充したものの、仁藤からは未だに返されていない。まあ、お守りのとはいえ20円くらいなら気にする程でもないのだけれど。
話し声が聞こえて顔を上げると、いつの間にか私以外にも何人か客が待機していた。ちょうどスタッフが開場のアナウンスを始めたところだった。

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