小説

『仏と俺様』美日【「20」にまつわる物語】

「それはいいですね」
「だろ?俺やっと父親らしいこと言ったぜ」
幸子の同意に父はすっかり気分を良くしている。
「やり直しなんていくらでもできますよ。だってあなた、生きてるんだから」
 幸子は俺に向かって言った。
「三途の川を渡る前に、恨んでいた人のところに一人だけ、化けて出ても良いことになっています。そこでお父さんはあなたを選んだ」
「じゃあ僕、やっぱり恨まれてたんだ」
「でも恨みは愛情の延長線上にある感情ですよ」
 俺は幸子のありきたりな綺麗事に流されそうになった。そんな自分に腹が立ち、反抗するように幸子を論破にかかる。
「でもそのルール破られてますよね?幸子さん、恨んで出てしまったの、僕で
二人目になってます」
「結局恨んだ妹には会えなかったので、最後に会ったのが翔太さんになっただけです」
 父が申し訳なさそうに「そりゃあすまなかったな」と幸子にわびた。
「いえ。気にしないでください。むしろこんな楽しいひとときをありがとう、って思っています」
 初対面の幸子が俺に恨みを持つはずがない。明確なルール違反だ。俺の論破空気を幸子は察したように「ハッピーバースデートゥーユー」と、強引に歌い出した。すると父が便乗した。二人のハーモニーが狭い部屋に響く。
「ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデートゥーユー」
 俺は歌を聴きながら考えた。父のこと。母の真実。幸子の辻褄の合わない「化けて出る」設定説明。そして幽霊たちの歌うハッピーバースデートゥーユー。
「ハッピバースデーディア翔太~ハッピーバースデートゥーユー」
 しかも二人のハッピーバースデートゥーユーがやたらソウルフルで、びんびんと魂の響きを聴かせるので、俺の胸の奥の黒い痛みが疼き、目頭を熱くし、こみ上げるものをおさえるのに必死だった。
「何か願い事を」
「うう…………」
 俺は言葉を発する前に、涙を溢れさせてしまった。
「俺らの歌に感動しちまったらしい」
 父が照れを隠すように幸子に同意を求めた。幸子もうなづいた。
「ほら、翔太。願い事」
 その言葉も声も、確かに小さい頃聞いた。ケーキにささったろうそくの火を目の前にして、小さな俺は父と母に祝福されて火を消した日があった。あの日のろうそくもねじれていた。ただ、仏様用のそれとは違い、細長くてカラフルな模様がついていた。思い出は涙とともにあふれ出た。
「願い事なんて、しないよ」
「なんで」

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