小説

『にじゅうのうた』洗い熊Q【「20」にまつわる物語】

「いらっしゃいませ」
 声も容姿も、若い印象の店長。控えめで腰低い喋りだが、大人で洒落た人だ。
「取り敢えず、ブレンド頂けますか?」と僕はカウンター席に座りながら言った。
「ブレンドですね。お食事はどうします? もうすぐランチメニューは終わりますが?」
「大丈夫。小腹でも空いたと感じたら、軽食物を頂きますよ」
 店長はにっこりと微笑みながら「お待ち下さいね」と言い、キッチン側へと隠れた。
 待つ時間を持て余し、椅子の背もたれに手を掛けながら僕は店の中を軽く見回す。
 予想通り客は少ない。他に二、三人程度か。これほど良いお店なのに、独り占め感を味わえるのは優越に思える。

 何気なくだ。僕の位置からはカウンター奥の場所にある、アップライトピアノ。そちらに目をやったのは。
 そこで初めて気付いた。ピアノの椅子に腰掛け、こちらに体を向けている彼女がいた事を。

 視線を向け際に、彼女と目が合う。
 ウェーブ掛かりの長い黒髪。洋人形の様な小顔。白い肌の中にある黒い瞳が僕を見つめる。
 彼女は手招きをしていた。
 思わず僕は周りを見渡していた。側には誰もいない。自分だけだ。
 僕を呼んでいる? そう思いながら、席を立って彼女に近づく。
 側まで近づいて感じた、彼女は見た事がある? 定かではない。記憶にはっきりとした覚えがない。
「えっと……」
 虚を衝かれ、困り果てる様に頭を掻きながら近づいていた僕。知っていながら思い出せないが事実なら、失礼な振る舞いだと思ったからだ。
 だけど彼女は、その様子の僕を気にも止めず、今度は座れと言わんばかりにピアノ側の席の座面を叩いていた。
 拒否も疑問の言葉が出るもなく、僕は黙って取り敢えず座る。
 正面向き合って見る彼女の顔。可愛らしい面持ち。間近で見て、やはり彼女は見た事があると感じた。
「こんにちは」
 彼女が唐突に挨拶をした。甲高い声だ。
「こ……こんにちは」
「このお店にはよく来るんすか? 常連さん?」
「え? いや……た、偶に……」
「そう。そうなんだ」
 彼女はそう言いながら腰を浮かし、鍵盤と向き合った。

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