小説

『大盛カツカレーセット』加陶秀倖【「20」にまつわる物語】

 車中でも、安藤先輩が何か話題を提供し、部長が答えながら、森さんと園田さんも話に加わり、良きところで安藤先輩がこちらに振ってくれた。それに僕が答えたり、土井君が答えたりしていた。安藤先輩が上手に回してくれるため、僕や土井君が何かを答えると、車内に笑いが起こり、とても気分が良かった。特に、中央の座席に座っている紅二点、きれいどころの森さんと園田さんが笑ってくれると、なんだかすごく幸せな気分になり、心がほわんほわんと宙に浮いてしまいそうな感覚になった。心なしか土井君の、いつも無表情に近い顔面も、幾分か上気して紅がかっているように見えた。
 その日は朝九時に出発して、目的の高原には夕方到着する予定だった。最初は下道で行き、ほどなくして高速に入った。
 お昼を少し過ぎたあたりで、部長が言った。
「そろそろ昼飯にしますか」
 安藤先輩が答える。
「そうだねぇ。もうサービスエリアもすいてる頃だろうし」
 助手席に座る安藤先輩が他の車に電話して、次のサービスエリアに入ることになった。
 そこはあまり大きくないサービスエリアだった。お昼の時間を少し過ぎていたからか、あまり人がいなかった。おかげで、僕らは大人数であったけれど、少し場末感があるレストランに全員で入ることができた。
 なんとなく、みんなは車割りと同じような感じで席についた。僕の座るテーブルには部長、安藤先輩、森さん、園田さん、そして土井君がいた。
 車旅の疲れを癒すように、みんな体を伸ばしたりしながらメニューを見ている。
 そのうち、安藤先輩が誰にともなく言った。
「この大盛カツカレーセットっていうの、すげえな」
 安藤先輩の声に、みんなはメニューに視線を走らせた。
 大盛カツカレーセット、それはメニューの上のほうにでかでかと載っているこのお店の目玉セットだった。カレーのご飯が六百グラムあるだけでなく、わらじとんかつが二枚ものっていて、おまけに、セットというだけあってラーメンもついている。そのラーメンというのが激辛台湾ラーメンという代物で、カレーの辛さとはまた違った辛さが楽しめるようになっていた。
一回生の山下が言った。
「安藤先輩、これいっちゃってくださいよ」
 安藤先輩が答える。
「いやぁ、ここは若い小郡がいっとけって」
 すると一回生の小郡が切り返す。
「無理っすよ。いまおれ断食に入ってるんですから」
 そこでみんなは笑った。会話の内容としてはおもしろいかどうか微妙なものだったが、『夏休みのサークル旅行』というふわふわした雰囲気のなかでは、たいがいのことは笑いになった。

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