小説

『大盛カツカレーセット』加陶秀倖【「20」にまつわる物語】

 大学一年生の時、土井君という知人がいた。彼の印象をひとことで言えば、地味。決して悪い人間ではないのだが、無口でいつもうつむき加減、人の目を見て話さない。中肉中背で髪型は下町の床屋のポスターにありそうな四角い角刈り。目はひと重で覇気がなく、眉毛は太く濃く、鼻はシュッとはしているものの、唇は薄くて色も薄い。手足は長いとは言えず、いつもチェックのシャツをどこのブランドか分からないケミカル風味のジーパンにインしている。茶色のベルトを腰高にしめ、ビニール皮のスニーカーをいつも履いていた。
 ここでひとつ重要なことは、そんな土井君は決して悪い人間ではなかったということだ。僕らは天体観測サークルに入っていたが、四月のお花見にも、夏休み突入コンパにも土井君は声をかけられ、ちゃんと参加していた。つまりは、土井君は地味だったが、決して嫌われていたわけではなかったのだ。
 何かに所属すると、時を経るにつれ、そのなかでの自分の位置というものが決まってくる。そういったある集団のなかでの自分の位置というものは、おのずと自ら意識できるものだ。高校デビューという言葉があるが、それまでの自分の位置に満足することができない者は、環境が変わるタイミングで自らの振る舞いを改善して新たな位置を得ようと努力することができる。
 大学デビューという言葉もある。これがいちばんすんなりいくのだろう。大学進学にともなって環境は大きく変わる。そのタイミングで、自分を解放し、華々しい生活を送りたいと思うことは決して悪いことではない。
 僕の場合、二浪して入った大学だったということもあり、デビューを試みる気合はとうに持ち合わせていなかった。すでに二十歳になっていたため、十八の子らのなかにいかに溶け込むかということにどちらかといえば腐心していた。
土井君にそういったデビューの願望があったのかどうか。少なくとも入学当初の時点では、まるでうかがい知ることはできなかった。夏休みに入る頃にはサークル内のそれぞれの位置というものは決まってしまう。すでに土井君は天体観測サークルでは完全に地味な人という位置に定住してしまっていた。そしてそれに抗おうとする様子は皆無だった。
 けれども、八月の夏休みのイベントで二泊三日の高原旅行に行った時、ある事件が起きた。車五台に分乗しての旅行だった。僕が乗ったのは部長で三年生の如月先輩が運転する車、ワンボックスで三列シートの大きな車だった。助手席には三年生の安藤先輩が座り、中央の座席には女性二人、二回生の森さんと同じく二回生の園田さん、後部の座席に土井君と僕が座った。如月先輩は部長なだけに真面目な人だったが、安藤先輩は人の特徴をおもしろおかしく指摘してその場を盛り上げるのがうまいサークルの盛り上げ役だった。芸人さんがやるところの『イジる』というのをよくやった。他の車に乗っていた一年生の山下や小郡なども元来ひょうきんな性格らしく、安藤先輩に呼応してよくその場を盛り上げた。当然、彼らは人気者だった。

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