小説

『粗忽なガーヤ』佐藤邦彦(『粗忽長屋』)

「そりゃ分からねえけどよ。話を聞いて危ねえと思ったら断りゃいいじゃねえか。話だけでも聞いてみちゃどうだい」
「うーん。じゃ、話だけでも聞いてみるとするか。兄ぃ、その学者のアクセスを教えてくんねえ」
「いや、それがよ、その学者ってのが変わり者でよ。ネットワーク機能を大概はオフにしてるってんだよ」
「それじゃ連絡が取れねえじゃねえか?」
「そこよ。なんでな、直接その学者、ガーヤ・ングンダラってんだけど、その研究室を訪ねてみねえな。住所はだな……」
てんで熊五郎、ガーヤ・ングンダラの住所を反重力車に指示し、研究室を訪ねます。

「こんちわ」
 熊五郎が扉に向かって声を掛けますってえと。
「何用じゃ」
 扉に付いている唇が動いて喋ります。いつの時代にもセンスが悪いというか悪趣味というか、そういう人間はいるものでございますな。
「へえ。あっしは熊五郎という者で御座いますが、こちらでなにやら実験の被験者を捜していると伺いまして、詳しいお話をお聞かせいただければと参上した様なわけでして」
「おお!モルモット希望か。さっ、中に入られい」
 それを聞いて熊五郎、いや~な予感がしますが、扉が開いたのでおずおずと室内に入りますってえと、真っ白な室内に、なにやら様々な機械や器具が所狭しと置かれております。部屋の広さは現代日本風に云いますと20畳程度でしょうか。で、その部屋にいたのが白衣を身にまとった男で御座います。髪も目もオレンジ色でスラリとした長身。年の頃なら35歳くらい。大変な美男子で御座います。
「どうぞお掛けなされ」
 男が空間を指差します。熊五郎、んっ?てな顔をしていますと。
「そこに空気を圧縮したソファがあるのじゃ。座り心地は保証する。座るがよい」
 と云われ、熊五郎、おそるおそる空間にしゃがみこもうとしますと、尻と背中が包み込まれます。確かにソファがあります。また、その座り心地の素晴らしさといったら、雲に座れたらこんな感じでしょうか。
「あの、ガーヤ・ングンダラ博士で御座いますか?」
 熊五郎が尋ねますってえと。
「確かに。儂がガーヤ・ングンダラである。貴殿は熊五郎と申したか?」
「へえ。熊五郎で御座います。失礼ですが、博士はもっとご高齢な方かと思っておりやした。こんなお若い方とは…」
「若く見えるか?では、これを見てどう思う」

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