小説

『桜の樹の下の下には』柘榴木昴(『桜の樹の下には』)

 その夜、遊び疲れて家に帰ると母に桜花は? と聞かれて自分の妹もまた行方不明になっていることに気付かされた。
 取り返しのつかない日々のはじまりに、さらなる地獄がまっていた。妹が帰って来なかったあくる日、オレは自転車を駆って一日中町中を探した。この廃寺はもちろん、普段入らないような小道も、妹が好きだった河原はとくに探した。嫌な予感を必死に振り払って声が枯れて目が腫れても探すのをやめなかった。数えるほどしか行ったことのない遠い公園まで探しに行った。いい加減暗くなって警察に補導され、家に連絡がいくと、そこで伊吹姉の家が火事で全焼したと聞かされた。
 もともと越してきたときから父親のいなかった伊吹姉は、弟の春雪と母親の三人で暮らしていた。そして本当に、本当に最悪なことに春雪はその日熱を出して家にいたのだ。看病のために母親も。
 あの真っ黒になった家と家族を、伊吹姉はどんな気持ちで見つめていたのだろう。
 それから、伊吹姉とはほとんど会わなかった。遠くに住む父親に引き取られたと聞いていたし、オレはオレで喪失感に芯まで侵食されたまま、木偶人形のように呼吸して動いた。
 あの日もこんな風に桜が咲いていたのだろうか。
 妹を探したあの日に、オレがここを掘り返していたら冷たい妹に出会えたのだろうか。
「答えてくれ。どうして10回忌の今日、伊吹姉はここに来たんだ。墓参りでもなく、火事の現場でもなく、この廃寺の桜の木に」
「別に、毎年ここには来るのよ。春雪のこと、桜花ちゃんのこと、もちろんあなたのことを思いだしてね。樹希」
 人骨には全くひるまない様子だったがふらりと一歩前に、オレに近づいた。黒いハンカチを取り出して前髪の下を拭く。ショールを外して腕にかけた。
「じゃあ質問を変えるよ」
 自分がこんなにも残酷になれるのかと思った。何もかも失った伊吹姉にこんなひどい質問をすることが誰に許されるだろう? だが、たとえ許されなくてもオレだって桜花を失ったのだ。桜花失踪の真相はオレ自身を悪魔にするに充分な材料だった。
 真正面を向いた。小さな骨を、か弱くて花びらのように散りそうな骨を突きつけた。
「伊吹姉が桜花を殺したのか」
「……私が、       」 
 ――予想外の答えにオレは絶句した。
 桜が舞った。すべてを奪うかのような薄紅色の波だった。桜花の頬を思い出した。ああ、いっそあの頃の思い出に全て奪われてしまいたい。

 
 手入れをする人がいなくなった廃寺はほとんど見る陰が無かった。錆びた軒先と朽ちた柱が残るだけ。あとは春になり伸び始めた草と、片隅に大きな桜の木があるだけだった。

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