小説

『桜の樹の下の下には』柘榴木昴(『桜の樹の下には』)

「桜の木の下には死体が埋まっていた」
 問い詰めるような語調にはならなかった。恐るべき答えを手にしても、まだ冷静さを保っているのはこの10年という歳月によって培われた覚悟がゆえだろう。妹の死を疑うには十分な時間だった。むしろ妹の死の可能性を受け入れたからこそ、事件当日の違和感に思い至ったと言ってもいい。埋めたはずの宝物がないのだ。そして代わりに見つけたもの。
 埋まっていたものを握りしめて振り返る。
 木の根の先に、黒いパンプス。視線をあげると喪服のような黒いスカートにブラウス。羽織っているショールまでもが、桜と空を拒絶するような黒だった。わずかに吐息が漏れる。オレは手にした小さな骨を見つめ、改めて問いただした。
「伊吹姉、答えてくれないか。これは誰の骨なんだ」
「どうして、私が答えられると思うの」
 目を伏せながら、伊吹姉は耳に長い髪をかけた。真剣になったときの昔からの癖だ。オレに勉強を教えてくれる時の、友達と喧嘩したときの、そして慰めてくれるときの。
 あの頃は伊吹姉とその弟の春雪、そしてオレの妹が世界の全部だった。いつも四人は一緒だった。お小遣いを分け合ってジュースもお菓子もみんなで食べた。廃屋に忍び込んだり、桜の下に宝物を埋めたり、いなくなった猫を探したり。一人で記憶に震える今とは正対照な子供時代。
 妹が、と言いかけてやめた。相手は伊吹姉だ。
「桜花が行方不明になって10年。今もどこかで生きてるって思いながら、何度も何度もどこかで……静かに眠ってしまったんじゃないかって考えが浮かぶんだ。永遠に目覚めない眠りだ。それであの日の、あの火事と何か関係があるんだと思ってしまうんだ」
「ウチの火事は、桜花ちゃんがいなくなった翌日だったわね」
 力なくつぶやく伊吹姉の瞳には、うっすら涙が浮かんでいた。
「あれから今日でちょうど10年ね。何も変わらないわ。私の中では、何も変わってない」
 それは、悪魔のような思い出だった。
 嘘みたいな春だった。初めて高校の門を通って、オレは初めてできた友達と遊びに行った。中学生の頃は必ず一度帰っていたが、その日は知らない町にそのまま出かけてしまったのだ。それこそ不謹慎にも探偵ごっこをして遊んだ。当時その町で小学生が何人も行方不明になっていることはちょっとしたニュースになっていた。消えた小学生の足取りを追うとか言って、知らない団地や商店街を捜索した。もちろん面識もない、名前も知らない子供だったが昔から探し物は得意だったし、今思えば別の世界で背伸びしたかっのだ。

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