小説

『三度目の正直』河内れい(『蜘蛛の糸』)

「……ああ、まただ」
 カンダタは目の前に垂れ下がってきた蜘蛛の糸を見つめてつぶやいた。

 蜘蛛の糸がカンダタの前に垂れ下がって来るのは、これで三度目である。
 一度目は、糸をよじ登る途中、ふと下を見たことから他の者がよじ登って来るのに気づいて「この糸は俺のだ!」と叫んだ瞬間、糸が切れて血の池地獄に沈んだ。
 二度目も、糸をよじ登る途中、またしても他の者がよじ登って来るのに気づいて、「いい加減にしろよ! また糸が切れるだろう!」と叫んだ瞬間、またしても糸が切れて今度は針の山に刺さった。
 さて、三度目だ。
 カンダタはこれまで、蜘蛛の糸が切れたのは糸が細いせいだと思っていた。「この糸は俺のだ!」と叫んだ瞬間糸が切れたが、大勢の人間の重みで今にも切れそうだった糸が、偶然にも自分が叫んだ直後に切れてしまっただけだと思っていた。一度目は何とか地獄を抜け出したくて必死だったから、物事を深く考える余裕も、反省する余裕もなかったし、二度目も、今度はうまく行くかもしれないと必死で、やはり余裕がなかった。だから同じ失敗を二度も繰り返してしまったわけだ。
 しかし、三度目である。
 さすがに、すぐには糸をよじ登る気にはならない。どうせまた切れるくせに、と冷ややかに糸を見つめている。その余裕が、これまでの二度の失敗について、ふと違う角度から考えるきっかけになった。
 もしも、もしも他の者がよじ登ってきても俺が何も言わなければ、どうなっていたのだろう……?
「兄貴! あ、また糸が垂れてきてる!」
 声をかけてきたのはパースダーだった。この男は生前、家族から虐待を受けた上に道端に捨てられ、行くあてのないところを無法者の集団に拾われ、命令されるままに多くの罪を犯していた。まだ二十歳にもなっていなかったが、都合良く他の者の罪まで背負わされ、死刑になったのだ。
 不幸な境遇、と言うなら、カンダタも、似たようなものだった。虐待こそ受けていなかったが早くに両親を喪い、独りで生きていかなければならなかった。その時まだ、八歳だった。生きるためにどうすればいいのかわからないまま、生きるために、必死で人を殺し、人の物を奪った。誰も助けてくれなかったから、自分でやるしかなかった。パースダ―には助けてくれる人がいたが、それが無法者だっただけのことである。言い換えれば、無法者しか助けてくれる人がいなかったということでもあるのだが……。
「登らないんですか? 兄貴」

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