小説

『ボックス』イワタツヨシ(『パンドラの箱』)

三、孵化前の十年間で、卵は胎児と共に急速に成長する。孵化前の記憶は存在しないが、孵化前の十年間で脳は発達し、また聴覚が優れ、子どもはその期間で外界の情報を得る。

四、孵化して間もなく、大抵の子どもは言葉を発し、食事や排泄、衣服の着脱などが自立してできる。

五、徐々に、周囲の人や物、自然などの環境と関わり、全身で感じることに繋がる体験を繰り返し有することで、自らと違う他者の存在やその視点に気付きはじめていく……

 ジェリーが持つ最も古い記憶の中で、彼が初めて目にした他者は、やはり、両親ではない。クリスという子どもだった。
 ジェリーの名付け親もクリスだ。彼はジェリーよりも幾分、孵化が早かった。
 二人は、見た目も性格も違う。ジェリーはふくらかで、最初の頃は泣き虫で、お調子者、洞察力が周りより優れていた。クリスは痩せていて背が高く、ハンサムで、運動神経が良く、頼りがいがあった。とはいえ、二人が兄弟ではない、とは言いきれない。まず記録が残されていないし、(書物によれば)遺伝は親に関係なく、孵化するまでの間に、卵と身体的に接触した他者の形質を受け継ぐ(と書かれている)のだ。

4
 クリスが名付け親の子どもは他にもいる。ルシアに、エミリー、ドミニク。その五人は皆、初めは同じ箱にいて、同じ建物の中に暮らしていた。
 その五人だけで過ごしていた時間は短い。あるとき、箱の連結により、別の箱にいた子どもたちが入ってきて彼らのことを見つけたからだ。

 それは、ジェリーたちが自分たちの町の地図をつくりはじめた頃だった。または、原因不明の「揺れ」が起こるたびに不安で泣きだしてしまうエミリーを皆で必死に励ましていた頃だ――その日も町全体が揺れる現象が起きた。
 その揺れが治まった後のことだ。そのとき地図づくりをするために外を歩いていたジェリーとクリスは、突然、町中に響き渡るようなうるさい指笛を耳にした。それから、それを合図にしたように、見たことのない子どもが一人、また一人とジェリーとクリスの前に現れて、あっという間に二人は彼らにとり囲まれた。その子どもたちは六人いた。
 そのうちの一人が「名前は?」と、ジェリーとクリスに聞いた。
 しかし二人が答える前に、
「この箱には何人いるの?」
「二人とも歳は幾つ?」
 と、別の二人が質問を重ねる。

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