小説

『海の踊り子』洗い熊Q(『羽衣伝説』)

 流石に驚いた顔を見せる彼女。
 そして強引に床へと押し倒した。
 引き攣った表情。無言で覆い被さろうとする私を反射的に押し返そうとする。
 その反抗する両手を、私はねじ伏せた。
 乱れる服。開け広げられる胸元。豊満な乳房の谷間が揺れる。それと共に、むわっとした甘い香りが鼻元に付いた。
 緊張からか、恐怖なのか。汗ばんだ彼女の体臭が押さえ込んでいた欲情を掻き立ててくる。
 思わず彼女は顔を背けてる。そして絞り出す様な小声が漏れ出していた。
「やめ…………」
 出し掛けた声を殺し、固く瞑る瞼。そこからじわりと滲んだもの。
 一筋の涙が彼女の眼から溢れ落ちて来ていたのだった。

 ――これが見たかったのかも知れない。
 繕う姿の彼女に苛つきも込めて、ただ本心というも暴き出したかっただけなんだと。

 私は彼女から逃げる様に離れていた。床脇で背を向けて俯き、思わず大きな溜息を吐く。
 流石に嫌気が差した。最初は鎌を掛けるつもりの行動が、半ば本気に成り掛けていた自分に。
 身を起こした彼女も驚いていた。私が何もしてこなかったのが、逆に自分が気に触る事でもしてしまったかと気掛かりする視線をしていた。
「あの……」
 怖々とした彼女の声だ。私は頭を抱えながら溜息交じりに答えていた。
「別に気にする事じゃない……私の方こそ悪かった。許して欲しい」
 その言葉に、彼女は安堵した息を吐いているようだ。襲われた動揺は、徐々に収まりつつありそうな。
 暫くの間、沈黙。謝罪はしたものの、続く言葉が出てこなかった。
 私は堰を切ったように話し出した。
「……少し、話さないか? 知りたいんだ。本当の君という者を」

 
 重ね合わせていたのは舞いだったのか。その心底にあった想いか。
 彼女からの話を訊いて、ほんの僅かだが、あの時の母の舞いが理解できた気がした。
 確信足る証左は何もない。しかし
幼い自分が母の舞いに抱いた感情に関しては、間違いはないと思えただけだ。

 
 蒼空は旅立つのを祝福するように、雲一つない晴天だ。刺さる様な強い日射しも、今の私には謳歌に感じる。

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