小説

『スイカ丸の一日』義若ユウスケ(『雪女』)

「妊娠したかもしれないわ」とひとり言のように雪女がつぶやく。「うん、したな。これは妊娠した」
「え!」とおれはいう。びょんと跳ね起きて、おれはくりかえす。「え!」
「妊娠してたら生むからあ!」といって雪女は走りだす。パンツも履かずに、彼女は窓を開けて外へひょいっと身をなげる。
 おいここは六階だぞ、とおれは思う。
 窓際に駆け寄っておれは目をこらす。外は暗くて何も見えない。
 おれは大急ぎでホテルを出る。
 彼女を探す。なにも見つからない。
 死体も足跡も何もない。
「いったいなんなんだ……」とおれはいう。
 キツネにつままれたような気分だ……いや、タヌキに背負い投げされたような気分だ……とおれは思う。
 とおくに自動販売機がぼんやりと光っている。おれは歩いていって、ホットココアを購入する。
 飲む。あたたかい。おいしい。
 人影がひとつ近づいてきて去っていく。
 おれは去りゆく人影に教えてやる。「ねえ、ホットココアがおいしいですよ」
「そりゃそうよ」とふりむきもせずに人影がいう。「ホットココアはおいしいわ」
 女性の声だったなとおれは思う。
「ねえ、君は雪女かい?」とおれは声を張りあげて、遠ざかる人影にたずねる。
「いいえ私はのっぺらぼう」そういってくるりとふりむいた人影の顔面を、青白い外灯の光が照らしだす。
 その顔はたしかに、のっぺらぼうだった。
 うぎゃあ。

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