小説

『インドの観覧車』緋川小夏(『赤い靴』)

 煌びやかな色彩と、埃っぽい土地にそびえる手作りの遊具。照りつける灼熱の太陽。そしてはしゃぐ子ども達の、まばゆい笑顔。わたしの頭の中で軽快な音楽が鳴り響き、原色に塗られた観覧車がぐるぐると回り出す。その下で、笑顔の亮悟がわたしに手招きをしている。
 亮悟に逢いたい。
 脳内ではなく、自分の五感を駆使してインドの観覧車を感じてみたい。そして許されるのであれば、もう一度、亮悟と向き合いたい。
「色々と、どうもありがとうございました」
 わたしは手紙を抱いて深々と頭を下げた。
「あの。小麦さんもインドに行かれるんですか?」
 帰りがけに後ろから声を掛けられた。振り向くと、女の子は笑顔でわたしを見送ってくれていた。
「ええ、行きます。インドの移動遊園地で、亮悟が待っていてくれるから」
 もう二度と、わたしは踊らない。あらためて強く心に誓う。ちゃんと自分を誇れるように、恥ずかしくない生き方を亮悟に見せたい。
 小さく手を振ると、金木犀の香りが風に乗って青い空に吸い込まれて行った。

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