小説

『SFA‐20 ~立ち枯れた脳~』 蟻目柊司【「20」にまつわる物語】(『ピノッキオの冒険』)

 いや、待て、まぶただと? 複眼カメラにはまぶたはおろか、保護カバーさえ装備されてはいないはず。
「あたしよ、久美子よ。 ねえ先生! 悠介の意識が戻ったみたい」
 だいぶ太って印象が変わっているが、確かに久美子のように見える。ぼんやりとだが面影はあった。考えてみれば、彼女が二十歳だったのはもう二十年も前のことだ。年齢を重ねていて当然か。
「久美子! ごめんな、本当にごめん。こんな長い間……」
 俺は感極まってそう言ったが、久美子が怪訝な顔をする。
「痛みはありませんか?」
 医療用アンドロイドが俺の顔を覗き込んで尋ねた。
「頭が、少し痛いかな。ここはどこなんですか?」
「病院です。痛み止めの量を増やしますね。ご安心ください、外傷としては大したことありません。自分が誰だかは分かりますか?」
「俺は、SFA‐20。IPアドレスは……」
「悠介?」
 久美子が不安そうに声をかける。そうか、俺は元々、悠介だった。
「ご主人は、まだ目覚められたばかりですので」
 アンドロイドが彼女をなだめた。
「そ、そうよね。ごめんなさい、あたしったら。二十時間も脳死してたんだから、ちょっと寝ぼけててもおかしくないわよね」
「あの、奥さんそれは……」
 脳死? 俺は困った表情のアンドロイドに疑問の目を向けた。
「田村さん。あなたは、いえ何というか、元々のあなた自身は、事故で脳死状態に陥ったのです。それが二十時間前」
「そうよあなた、変にこだわって古い自動運転システムなんか使うから、エラー起こして電柱に突っ込んだのよ。頭打って血だらけだったんだから」
「デジ脳死が確定した後、我々は田村さんのオリジナルの脳を探しました。二十年前の記録を辿り、埋立地の作業用アンドロイドに積まれていることを知ったのです。あなたの身体からクラッシュしたデジ脳を摘出し、オリジナルの脳を移植してあります。追って精密検査は致しますが、こうして話ができるのであれば、もう心配ないでしょう」
 いまひとつ話が飲み込めなかった。
「なあ久美子。俺たちは、結婚してるのか?」
「何言ってんのよ今さら。自分の妻のことも忘れたの?」
 久美子が笑う。
「あの、奥さん。先ほどご説明したように……」
「先生、すみませんが、鏡はありますか?」
 俺はアンドロイドの話をさえぎって言った。

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