小説

『SFA‐20 ~立ち枯れた脳~』 蟻目柊司【「20」にまつわる物語】(『ピノッキオの冒険』)

 AIは放っておいても労働を続ける。そして、彼らを整備するのも、改良するのもAIだ。組織的な管理をするのもAI。新たな事業計画を打ち立てるのもAI。農業、漁業、建築業、外食産業、警察や自衛隊、果ては法曹界まで、あらゆる職業分野でAIへの業務引き継ぎが進んだ。人類はただ彼らの生産物を消費すればいい。それがこの時代の人類のあり方だ。
「なーにニヤニヤしちゃって、どうせエッチなやつ試したいとか思ってるんでしょ」
「ば、馬鹿言うなよ!」
 人類はAIを開発したわけではない。ただ自分の頭を、ソフトウェアとしてそっくりそのままコピーしただけだ。それだけで、何十年も続いていた人工知能開発をはるかに凌駕するAIが生まれた。その偉業を成し遂げたのはひとりのシステムエンジニアだった。彼は自分自身の脳をハードディスク上に大量生産することに成功し、ノーベル医学生理学賞を送られた。
「で、どうする? 予約してあるんだけど、嫌ならキャンセルするわよ」
「いや、行くよ。ありがとう久美子。いい誕生日になりそうだ」
 俺は時代の流れに身を任せることにした。

 脳のデジタル化は、まだ公的な認可を受けていなかった。当然、レーション・ポイントは使えない。
 四十八万バイトマニー。それがデジ脳化に要する金額だった。久美子はスマートフォンをかざしてそれを支払った。
「やっぱり、高いんだな」
「いいのよ、悠介の二十歳のお祝いだもん。パパからもらったおこづかいだから気にしないで」
 機能しなくなった日本円、通貨としての自由を持たないレーション・ポイント、それらの脆弱性をつくように、無数の仮想通貨が生まれ続けた。そのうちのひとつがバイトマニーだ。
 ある大手AI開発企業の元役員が、莫大な資金を背景に作り上げた暗号通貨だと言われているが、本当のところは誰も知らない。誰が統制しているのかも、どこで管理されているのかも分からない。ただひとつ、世界中の取引に使用されていることだけは確かだ。
 久美子の父親はアワ・ムービーという動画投稿サイトに映像をアップして、多額のバイトマニーを稼いでいるらしかった。そういったアワ・ムーバーは、AIに奪われなかった数少ない職業のひとつだ。久美子の父が動画の最後でいつも言っている。「私たち人間の、無意味で、無目的で、無思慮な行為のみが、AIの到達し得ない境地へ達する」。回りくどい言い方だが、つまるところ馬鹿さでしか勝てないというくらいの意味だろう。
 診察室のような白い部屋。そこに置かれたブレイン・エミュレータは、病院のCTスキャンのような外観をしていた。スタッフに促されて俺は横たわる。彼も当然アンドロイドだ。俺は頭にヘルメットのようなものを被せられた。何本ものケーブルがそこから伸びて、大きな機械に繋がっている。
「目を閉じて下さい。いくつか質問をします。質問は、脳を活性化させて脳の構造をスキャンしやすくするためのものに過ぎません。解答の正確さではなく、考えて頂くことが目的なので、どうか緊張せずにお答えください。では始めます。あなたの年齢は?」

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