小説

『鬼の営業部長』金田モス【「20」にまつわる物語】(『桃太郎』)

「私だよ、忘れたのかお前のおもちゃにされた私だよ、鹿島」
 表情は見えないが、さすがにプロの役者だけあって、声の張りといい身のこなしでその激しい怒気を響かせる。ちなみに、はだけた胸元には片方5000円のオプション料金が支払われる。
「誰だこいつ、だれかつまみ出せ」茂木がいい、犬養と自分がステージに上るが両者とも蹴り落とされる。こんなのでうまくいくのだろうか。
「なんかいってくださいよ鹿島部長、これじゃ当社の世間体が悪くなる」茂木の掛け声を合図に持ち込み照明の電源が回復。宴会開始直後からうまいことステージ近くに座っている鹿島部長に視線が集まり、例の女性がすでにステージにいないことなど誰も気に留めない。
 極度の緊張でカルアミルクだと騙され飲まされたLSDのコーヒー牛乳割りが利いてきた鹿島部長。犬養に支えられながらステージに腰をおろす。うつろに宙を眺め口元に泡沫たたえている。
「なんだこれ見てみろよ、これ鹿島部長じゃないのか」またしても茂木の雄叫びを皮切りに会場がざわめく。照明が落とされた際会場にばら撒かれた鹿島部長の光悦写真が各所で回覧される。「なんなんですかこの写真、先ほどの女性とのお楽しみですか、こんな破廉恥なことがお好きなんですか・・・」実際は嗜好者サイトで探した鹿島部長によく似たモデルの画像を日光を浴びると消えてしまう耐光性が弱い塗料で印刷したものだった。鹿島部長のものだと思わせるため、その後も茂木の詰問は続き辛辣さを極めた。自白剤の効果に加え、そもそもたまらなく好きなのだろう、問われずともその陰惨きわまるプレイ内容について克明に描写し忘我の高まりを言葉限り語り尽くした。若い女子社員は咆哮しまたは静かに嗚咽し、そうでもない女子は罵倒と憎しみのまなざしを投げつけた。幹部数人が飛びかかり殴りつけ、若い部下がそれを制する。ステージ前は騒然とし、周辺の花見客も集まってきて公報はその対応に追われた。あとはおのずとことは運ぶ、鹿島がどう断罪されるかについては成り行きがそれを決めるだろう。いくら悪人だとはいえ寄ってたかって痛めつけることについて多少すわりの悪さはあったが、理不尽さを乗り越える酒精を含むことで筋書きは初めて物語となり我々に教訓をもたらすのかもしれない。

 喧騒を抜け出しスターバックス近くの喫煙所へいくと待ち合わせたわけではないのだが岸がいた。きっとここに来ると予想していたらしい。
「しかし岸くんの知り合いに役者さんがいるなんて知らなかったな」
 しかもイリーガルハイまで入手してくれる知り合いとは思わなかった。
「学生のころ演劇部だったんです、内気な性格を直そうとして入ったんですけど、結局無理でずっと台本書きでした、彼女はうちの部で相当才能のある役者で、ゆえにいまだ芝居から足を洗えないみたいです」
 あんたも相当の才能でプロの台本屋ごとく十分役者を手玉にとっているよ、とはもちろん口にしない。
「太郎さんのお役に立てて幸せです、また一緒にお仕事したいです」
 夜桜を照らす裸電球が彼女の黒目の奥、純然たる恭しさを匂いたたせている。そんな表情を見ていると失われた数十年というのも悪いことばかりではなかったと思えるし、あと10年くらい若い世代に生まれていれば淡い感情すら抱いていたかもしれない。しかし宿命的にこの時代をこの世代で迎えてしまった自分にしてみれば、これはこれでいいとして、せめて内気な性格だけは直さないで欲しいと祈るのみだ。

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