小説

『鬼の営業部長』金田モス【「20」にまつわる物語】(『桃太郎』)

 初めてまともに耳にした岸の肉声の音色に気をとられ、発言の客体が浮き上がってくるのに時間を要した。
「君のおかげで問題なく進んでるよ、物品購入、会場の選定、それら具体的な作業に従事する人員手配と担当者への連絡、ハンドリングなどすべて問題ない、社長の日本酒も手配できたし」まさかスキャンダルの件を茂木からきいたとも思えないので普通に答える。
「そうではなくて、鹿島部長の件です、私で協力できることがあれば言ってください」
 すっとぼけるのが賢明なのだが、いつになく強い目ぢから。こころなしか潤んで見える。
 内容についてどこまで茂木からきいたか知らないが社員の不名誉を表沙汰にすることは会社自体の信用を害することにもなることを説いてみる。が、納得しない表情。
「私は鹿島部長の特殊な性癖について咎めたいのではありません、それは女性である立場として決して不問に帰すべき問題ではないのですが、それ以前に平素、社内の関係者に対する部長の振舞いについて善処する必要についてお話しています、部長の叱咤はその程度や動機において許されるべき範疇を超えています」
 犬養課長が聞けば泣きそうな内容だが、私怨がない分、被害者当人のより、まっとうな意見にきこえる。まだ若く、しかも通常ではない選考方法により入社した身ではあるが、会社のどんな役職や優秀な連中よりもちゃんとしており、語勢はないが女性として口にすることを躊躇する内容を毅然とした口調で言い切る気丈さにも感服させられる。
「わかった、僕も彼が取り仕切る営業部に身を置き、その素行については平素疑問を感じていた、自分がというより、われわれ、同じ目標と志をもって集った仲間達に対する態度として、部長の態度は当然責められるべきだろう、そして、部長と僕達の力関係をかんがみるに個人的な弱みをリークさせるという、多少フェアではない方法を採ることもいたしかたないといえる、しかし、問題は…」
「リークさせただけで、部長をこらしめることができるかってことですね、その筋書が描けない」
 岸は分厚い企画書を取り出した。自宅で作成しコンビニエンスストアでプリントアウトしたという。会社のためにやることなので印刷くらい会社でやればいいと思うのだが、勝つまでは賊軍、作戦が成し遂げられた折には胸を張って領収書を提出するらしい。
 時間をかけて精読した。プロが抱くべき職業観以上の熱意がこもり、緻密で現実的な前提条件精査と行動計画。これに沿えば、これまで大勢の有志が立ち向かい、かすり傷すら与えることができなかった鹿島を破滅に追い込むことができる。そしてそれを遂行する機会として社長をはじめとする全社員が会する花見は最適。ひとつ難関があるとすれば、ある関係者の登場。それについても手配済みだという。

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