小説

『過ぎし日の想い』紫水晶【「20」にまつわる物語】

 ゆっくり視線を上げると、少しムスッとした顔のコウが、目の前に立っていた。手には戦隊もののハンカチが握られていた。
「コウ……くん?」
「そんなに大事なヤツなのか?」
「え? あの……」
「そんなヤツ、いなくたっていいだろ。別に」
「そうだよ。先生には、私たちがいるじゃん」
「ユリア……ちゃん」
「そうだよ。だって、ばら組、こーんなにいっぱいいるじゃん」
「みんな……」
「二十人もいるよ」
「二十……人?」
「うん。先生入れて二十人でしょ?」
「私も……入れて?」
「ほら。ぜーんぜん、寂しくないでしょ?」
「あ……」
 顔を上げて周りを見渡した。そこには、無邪気に笑う子どもたちの顔があった。私の大切な、クラスメイト……。
「ありがとう。みんな……。ありがとう……」
 小さなコウの手を握りしめ、私は何度も頭を下げた。戦隊もののハンカチが、コウの手の中でしわくちゃになった。
「ねえ、このこと、ばら組だけの秘密にしない?」
ユリアが人差し指を口に当て、クラス全員に呼びかけた。
「秘密」
「秘密」
 みんなは口々に「秘密」と囁きながら、声を潜めて笑い合った。私も泣きながら笑った。
 ばら組が一つになる、記念すべき第一歩だった。

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