小説

『過ぎし日の想い』紫水晶【「20」にまつわる物語】

「うん。いないよ。そんな子」
 子どもたちは顔を見合わせ、不思議そうに首を傾げた。
「え? だって……」
 ルリちゃん……。ルリ……。カネシロ……ルリ……。

***

「瑠璃ちゃん、気持ち悪い」
「何で喋らないんだ?」
「言葉、わかんないの?」
「また意地悪してる!」
「先生! だって、瑠璃ちゃん、全然喋らないんだもん! 何考えてるかわかんないから気持ち悪い」
「人形みてー」
「そんなこと言わないの。みんながそんな酷い事言うと、先生悲しいな。だって先生、みんなの事、こーんなに大好きなのに」
「先生! 私も先生の事、大好きだよ」
「オレも」
「ボクも」
「そう。ありがとう。じゃあさ、みんなで優しい言葉をたくさん考えようよ。そうすれば、みんな、もっともっと仲良くなれると思うよ」
「そうだね。そうしよう」

***

 金城瑠璃。
 あれから間もなく、両親の離婚で母親に引き取られ、金城から木下に変わった。カネシロ……。すっかり忘れていた。
 あれは、私……。二十年前の……。
 あの時の担任の先生に憧れて、保育士になろうと思った。あんな先生になりたいと思った。あんな風に、みんなに愛される……。
「瑠璃先生?」
「泣いてるの?」
「え?」
 頬に触れると、指先に生暖かい感触があった。
「泣いてる」
「泣いてる」
「泣いてる」
 ハンカチを取り出そうと、ポケットをまさぐっていると、視界の端に、小さな上履きが入り込んだ。
「ほら」

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