小説

『しゅう末より』高橋己詩【「20」にまつわる物語】

 1999年7の月、天から恐怖の大王が下りてくる。
 という予言があった。ノストラダムスの予言である。で、それは外れた。僕らは結局、1999年7の月に、恐怖の大王を目にしなかった。人類が滅亡すると解釈した人も、そうでない解釈をした人も、解釈を受け止めていただけの人も、誰もが肩透かしを食らった、そんなしゅう末となってしまった。
 しかし、”そんなしゅう末”を経験しながらも、予言は外れていない、とする人が後に現れた。その人物はなんと、旧暦と新暦の差を主張したのだ。具体的には、ノストラダムスが生きていたときに用いられていた旧暦による1999年7月、というのは、新暦における1999年7月とは異なる時期を差している、ということだったのだ。

 そんなどうでもいい事より先に、まずは二人のことを紹介しよう。
 まずは明男から。
 明男は僕と同じ職場に勤めていた。同じ日に面接を受け、同じ日に入社初日を迎え、同じ部署へ配属された。同期として必然的に、僕らは仕事をするうえでのパートナーのような存在になった。ランチタイムも一緒に外へ出て、毎日同じ料理店舗に通った。ちなみに、少食なところも同じで、ランチタイムは二人ともレディスセットを注文していた。
 今思えば、当時は一日の大半を共に過ごしていたことになるわけだ。
 同期の彼は僕よりも努力家だった。誰よりも早く出社し、やがては昼休みを取らなくなり、その日の施錠当番が帰るまで働くようになった。ミーティングの際に発言することも多かった。
 二年が経過し、明男より僕が先に出世をした。
 一方の明子については、明男を通しての情報になる。僕はほとんど顔を合わせたことがない。
 聞くところによると、裕福な家庭に育った一人娘だそうだ。彼女は小学生の頃から一人で代官山に行き洋服、帽子、白い靴下等を買っていた。有名な大学の出身で、初めて務めた会社は、大きくて安心感のあるところ、だったそうだ。結局は退職しているが。
 もともと勤勉ではある彼女は、とてもよく働いた。そういうところは、明男ととてもよく似ている。
 収入もそれなりに多く、安定していた。月に一度の安定した収入に対し、支出は不安定、いや不器用だった。その日財布に入れた金額はその日に使い切り、無くなれば何もしなくなる。本当に何も、である。とにかくお金のかかることは全てしなくなる。できないのだから、仕方がないけれども。
 そんな二人が出会い、意気投合し、交際を重ねることもなく結婚まで決意したきっかけというのが、世界のおわりだった。

 2020年に世界が滅亡する、というのは、数年前からインターネットやそういうジャンルの雑誌で囁かれていたそうだ。そもそもはマヤ暦がなんとかで2012年に人類が滅亡すると言われ、それが計算違いだと判明し、本当は2014年に滅亡します、当たります、大丈夫です、みたいなことになって、それがまた計算違いで最終的に2020年で決着がついた。

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