小説

『20番目の女』籐子【「20」にまつわる物語】

 なんて聡明な女性だろう。私は彼女の物言いと気遣いに心を掴まれた。
 優未も私を気に入ってくれていたようで、私たちは連絡先を交換し、それから15年以上の付き合いになる。

 冬の朝は、まずゆっくりと白湯を飲む。冷え切った身体に暖かいお湯が注がれて、雪解けのように全身の細胞が動き出す。朝食を食べて植物に水をやり、飼っているまりもの水槽の水量をチェックする。
「まりちゃん、おはよ」
 まりちゃんとは2年の付き合いだ。ころころとしたフォルムが愛おしい。
 朝の時間をこうしてゆっくり過ごすなんて、昼夜逆転のホステス時代には考えられなかった。

 ホステスは結婚してすぐに辞めた。元夫は3歳年上で、私が通っていた整骨院の先生だった。私の仕事もすべて理解した上で結婚しようと言ってくれる、優しさの塊のような男性だった。私はすぐに子供が欲しかったが、なかなか授からなかった。
 そんなある日、私に子宮筋腫が見つかった。できた場所が悪くどんどん大きくなり、酷い痛みが私を襲った。なんとしても子宮を取ることだけは避けたかったが、彼は私の苦しむ姿を見て、子宮を取る選択肢に反対をしなかった。結局、私は子宮を取った。
 彼は「2人でゆっくり生きていこうよ」と笑顔で言ってくれたが、その優しさが私には辛かった。彼も口には出せない寂しさを抱えていたに違いない。いっそ責めてくれる人の方がどれだけ楽だっただろう。
 するなら若いうちがいい。私は彼に離婚を申し出た。彼は「君が望むなら」と言って受け止めてくれた。二人の時間は、わずか3年で終わりを告げた。

 女はバカだ。
 自分から切り出しておいて、それが受け入れると、どうして言ってしまったのかと激しく後悔をする。そして、彼の愛は偽物だったのではないかと疑い始める。

「心から愛しているから、あなたの辛さが分かるから、受け入れるしかなかったんじゃない?」

 そんな優未の言葉が、今でも忘れられない。
 愛しすぎると一緒にいる事ができなくなる。
“1番好きな人とは結婚できない”という由来は、ここにあるのかもしれない。

 
 今日は表参道でランチ。天気もいいし、お気に入りの少し高めのヒールを履いていこう。髪は緩やかなウエーブで、口紅は派手過ぎず、アクセサリーはシンプルに。年齢を重ねるごとに、若さという言葉で補填されていた部分はどんどん剥ぎ取られ、女性として持っている本来の素材で勝負しなければならなくなる。それを脅威と捉えるかどうかは、その女が培ってきた経験と知識による。年を重ねる事を面白いと感じられる女性は、いくつになっても綺麗だ。

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