小説

『カウント・オン』木江恭&結城紫雄【「20」にまつわる物語】

 そのいち。スマートフォン。古い型だし傷だらけだしゼロのいっぱい並んだ数字がピコンピコン点滅しているけど売れるだろうか。古いだけなら逆に価値が出て値がつくがキズモノはいただけない。誰だってまともがほしいものだから。この様子だとベッドの下行きかもしれないけど後で中古屋に見せてみよう。
 そのに。指輪。眠っていた男の指という指にはまっていた指輪を指という指から抜き取って持ってきた。ボロボロのスニーカーの破れ目から突き出していた左足小指にちっちゃなリングが引っかかっていたのはなかなかに健気で愛らしかった。あと栗のイガが爪の隙間に刺さっていてすごく痛そうだった。ていうか何で栗? 朝の新宿の路地裏に。まあいっか。
 ぶわり。閉めていなかった窓から風が吹き込んで、カードがひらりと窓から舞い落ちていく。
 あ。

【京太郎】
「ガンジスという川があります。京太郎さんも名前は聞いたことがあるでしょう、インドの大河ですね」
 朝の新宿。その猥雑な裏路地は想像のなかのインド像を喚起させ、そのイメージは大学病院で受けたヨガのオリエンテーションを手繰り寄せた。ヨガの講師は40代の女性で、小柄だったが大きな血色の良い手をしていた。
「川の底をひとすくいしてみましょう。手のひらだけで何百万という砂粒があるでしょう? ガンジス川全体の砂の数を数えて、それを2乗した数……それを恒河沙、といいます。1恒河沙は10の56乗。億、や兆、よりずっとずっと大きな数の単位なんですよ」
 大河に思いを巡らせていたのでピコン、と聞き慣れた電子音が聞こえたときは幻聴かと思った。俺は視界の先、古ぼけたアパートを見上げる。4部屋ぐらいしかない小ぢんまりしたその建物は2階角部屋のひと部屋だけ窓が開いていている。あそこから聞こえてきたらしかったがそんなことはどうでもよかった。今のは5万回の通知か、よもや10万回では。
 不吉な予感に高鳴る動悸を押さえようとしたとき、今度は確かに「ピコン」と甲高いビープ音が響いた。と同時、窓から一枚の紙が舞い落ちてきた。「あ」という声も同時に降ってくる。続いて少女が顔を出した。

【イツカ】
 近くの路上にいた男がポストカードを拾ってくれる。わたしよりは年上で父さんよりは若い男だ。親切にも部屋まで届けてくれると言うので、部屋番号を教えて鍵も開けておく。
親切な男は部屋にやってくると、ポストカードを投げ捨ててわたしをぶった。
 ばっちーん。
 カエセ! と男が喚く。オレノスマホトユビワヲカエセ!
 スマホ、と、ユビワ? でもあれは、ん、あっもしかしてこのひとさっきのゴミのひと?
 ピコン。ポケットにねじ込んだスマートフォンが変な音を鳴らす。

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