小説

『魔鏡譚』蟻目柊司(『ドリアン・グレイの肖像』オスカー・ワイルド)

 暴れ、叫び、檻を叩いて必死に逃げ出そうとする他の被験体とは違い、彼女は静かに座っていました。独房の奥の壁に寄りかかり、手枷のはめられた両手を膝に乗せて、落ち着いているというよりも、もはや気怠げでさえありました。
「待ってろ。すぐに開けてやる!」
 僕がそう叫んでも、ヴァシリーサはつまらなそうにこちらを見るばかりです。
 僕は肩に下げていた小銃を構え、檻にかけられた南京錠に銃口を向けました。引鉄を引くと銃声が監獄内に轟き、被験体たちの奇声がより一層激しくなりました。しかし、頑丈な南京錠を破壊するには至りません。
「退避、退避! まもなく爆破するぞ!」
 遠くで誰かがそう叫んでいますが、僕はただ狙いを澄まし、何度も撃ち続けました。それでもまだ外れない南京錠を、今度は銃床で叩きつけ、軍靴で蹴り上げ、短刀をねじ込み、無我夢中で檻を開けようと足掻いていました。
――時計を胸に抱きなさい。
 声が聞こえました。いや、聞こえたというより、言葉ではなくイメージが直接頭に流れ込んでくるような、妙な感覚でした。
 顔を上げると、ヴァシリーサが僕を見つめていました。
「時計?」
 僕はわけの分からぬままに、半ば操られるような心地で、胸ポケットから時計を取り出し、両手で強く握りしめました。
 ヴァシリーサがそれを見て頷くと、また声がしました。
――くるわよ。
 突然の轟音が鼓膜を破り、爆風が眼球と肺を破裂させ、空を切る瓦礫が身体中の皮膚を切り裂くのを感じた刹那、天井に激突して頭蓋骨を砕かれた僕は意識を失いました。

 顔を踏みつけられて僕は目を覚ましました。異国の言葉で怒鳴られ、肩を掴まれて無理矢理立たせられると、眼前には銃口がありました。霞む目を凝らして伺ったところ、銃を構えているのはとても大きな男でしたが、もっと大きな男たちが周りに何人もいました。
 彼らは、ソ連兵でした。
 すでに陽は落ちて薄暗く、あちこちで爆破の残り火が揺らめき、肉を焼くような鼻をつく臭いが立ち込めていました。
 監獄だったはずの建物は瓦礫の山と化し、数本の焼け焦げた柱だけがかろうじて立っているばかりです。瓦礫に混じって炭と化した黒い腕や脚がそこら中に転がっているのを見て、僕は声を上げました。
「ヴァシリーサ! どこだ!」
 僕は瓦礫を掘り返しヴァシリーサを探しましたが、見つけたのは彼女の腕にはめられていたはずの手枷だけでした。灰を被り汚れてはいたものの壊れた形跡はありません。ならばどうして彼女が繋がれたままになっていないのでしょうか。僕は混乱しました。そして、もうひとつの疑問点に気がついたのです。

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