小説

『登る月』和織(『Kの昇天』梶井基次郎)

 一見、それは相乗効果を生むような出会いであったように思えた。しかし君が彼と出会ったのは、月の運命であったのだ。なぜかと言えば、そもそも僕の方には、そんなつもりはなかったのだから。
「彼もきっと夜を求めているのだよ」
 君は言った。それは彼が、眠れぬ夜を過ごしているせいだ。でも彼はそういう病気なのだから、夜に目が冴えてしまうのは仕方のないことだ。それは、今の彼には至極当然に起こる筈の、「自然」とさえ呼べる現象。君はそれを、あろうことか僕と結び付けて、その糸が自分自身の中でどんどん絡まっていくに任せたのだ。
「彼はいい歌を歌うね」
 部屋の窓にはカーテンが引かれている。外の光がまだ、太陽による「しなり」を帯びたものだからだ。君はもう、平な光しか望まない。平らな光によって生み出されるものしか望まない。だから、まだ僕の姿も見えないうちから、こうして語りかけてくるのだ。
「・・・そうだね」
 仕方なく、僕は答える。
「綺麗な声をしている」
「君たちは、同じことを思い合っているよ。彼も、君の声が澄んでいると思っているもの」
「それは、言葉にされたことはないな」
「・・・ああ」
「そんなことまでわかるんだ。耳で聞くことがなくても、目で見ることがなくても、知ることができる」
「知る術が、君と僕では違うだけさ」
「違う?君と僕に境目なんてないじゃないか。君は僕で、僕は君だ。同じ形の同じものだ。本来そういうものなのさ。でも人間は、ちっぽけであるくせに長く存在しすぎて、それを忘れてしまったんだ。しなりのある光の方が輝いているように見えて、それに惑わされ、いや、違うな。そう思い込んで、いつしか自分自身を惑わすようになってしまったんだ。やたらと五月蠅い生き物になった。本来の静けさを思い出すには、月の光を浴びて、じっくり君たちと対峙しなくちゃいけない。そうだろう?」
 日を追うごとに、君は饒舌になっていき、ただおとなしかっただけの僕は、言葉というものを億劫に感じるようになった。ただ存在していることだけでいい筈だったのに、それができなくなった。しなった影と平たい影、形を保つには、双方が必要だ。けれど、君はしなった方をすっかり切り離してしまって、僕はもうあれと会話することはできない。
「何か体に入れた方がいい」
 僕は言った。
「要らないよ。空っぽの状態で待っていたいんだ」
「よくない」
「どうして?」

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