小説

『不思議な時間の中の私』春日あかね(『不思議の国のアリス』)

「席は空いてないよ」

 三人が声を揃えて叫んだ。

「あんたたちがもっと間を空けて座ればいいのよ」と、私も負けずに声を張り上げた。

「まあね」と、一人が言う。
「ま、とにかくさ、ワイン、飲みなよ、せっかく来たんだからさ」三月うさぎが声をかけた。

 私はテーブルを見渡し、「やっぱり!ワインなんてないじゃないの」と言い放ち、すぐに「「だってないもん」でしょ?」 と付け加えた。

「その通り。ないよ」三月うさぎが答えた。
「なんて失礼な!ないなら勧めないでよ!」私は両腕を組み、ほおをぷうっと膨らませた。
「あんたこそ、招待されてもないのに勝手にすわって、失礼だよ。 あんたなんか招待してない」
「あなたたちのテーブルって知らなかったし」すぐにこう付け加えた。「何よりたくさん用意してあるから、つい……」私は強気に出たものの、三月うさぎが言うことが間違っていないような気もした。

彼らは引っ切り無しに訳のわからないことを言いだした。ただ、これは全て『不思議の国のアリス』にあるシナリオなのだ。例えば、突然、「髪の毛、切ったほうがいいよ」と帽子屋が言う。それを言う前から、帽子屋は私を珍しそうにジロジロ見ていた。まるで、セクハラみたいに……。

「キモいわね!失礼!何見てんのよ!ほっといてちょうだいよ!」私はキツイ言葉を発してしまった。

 帽子屋は目を丸くした。が、めげずになぞなぞを吹っかけてきた。

「なぞなぞか、物語にも出てきたわね。で、確か…、アリスは喜んだわね。だから、ここは喜ばなくちゃいけないのね」と心の中でつぶやいた。が、次の瞬間、私の脳裏にある考えがよぎった。

「ただ、物語と同じことをしていたら、ここから抜け出せない」

 帽子屋が出題した問題は、シナリオ通りだ。

「大ガラスと書きもの机、さあ、どうしてこの二つが似ていると思う?」
「そんなの簡単よ」私は自信満々で答えた。
「つまり、それは答えがわかったっていうこと?」と三月うさぎ。
「そうよ」
「じゃあ、思った通りに言ったらいいだろ!そのまま答えを言えばいいんだよ!」言葉が少々荒くなってきている。興奮してきたのだろう。

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