小説

『ミス鼻子』中村一子(芥川龍之介『鼻』)

 古今東西、時代を問わず、こういう奇病に襲われるのは男である。『カエルの王子様』『白鳥の王子様』『美女と野獣』。日本だって『一寸法師』。肉体的なハンディキャップを負わされるのは男。それをお姫様が助ける。物語の相場はそう決まっている。なのに、なぜ女の私なの。だったら、王子様が助けに現れてもいいはずなのに、誰もやってこないし、この先の見通しも皆無。ゼロ。

 都内の主だった大学病院の皮膚科はすべて回った。しかし、どこを受診しても、どんな軟膏を処方されても、鼻の症状はびくともしない。それどころか、病院を変える度にひどくなった。大学病院がダメなら個人病院、そして救急病院の皮膚科と通った。最後の病院では「やけどですね」とやけどの薬を渡されて、もうあほらしくなって、病院通いはやめた。
「人間には治癒力があるから、そのうちに腫れも引く」
と鼻子の父がもっともらしいことを言うので、彼女もそれもそうだと何もしなくなって、もう2年が経つ。信じ、そして、待った。まるで宗教の世界だ。が、何も変わらなかった。
 顔見知りに会うと「どうしたの? その鼻」と驚かれ、知らない人は可哀想にと憐憫のまなざしを向けてくる。そのうち、誰も聞かなくなり、鼻子も同じことを繰り返すのが面倒臭くなって、「なんか呪いが掛かったみたいなんです」と茶化して終わっていた。
 ところがそれを真に受けた幼稚園の同僚がよく当たる易者がいると紹介してくれた。
「ありゃあ、生霊(いきりょう)が付いてるわ。それも一人じゃないわ」
 初老の貧相に痩せた女性占い師は鼻子を見るなり、鼻子がゾッとするようなことを言った。そして「心当たりがある?」と眉間にしわを寄せた。
 私がいくら意地が悪いと言っても、それは陰に隠れて悪口を言う程度で、それ以上のことはしたことはない。生霊に憑りつかれるほど悪人ではないという自負が鼻子にはあった。
「いいえ」
 鼻子は首を左右に振った。
「かなりしつこいわね。これは」
 自分に見えないものが人に見えているというのはけっして愉快なものではない。しかしそこまではっきり言うんだったらそうなんだろう。
「それで鼻がおかしくなったんでしょうか」
「さあね。そこまではわかんないけど」
「……」
 はあ。生霊がついてんでしょ。それで鼻がおかしくなったんじゃないの。
「取れますか。その生霊とやらは」
「うーん。私は取ったことがないからわかんないけどね」
「だって、私に付いてんでしょ」
「そうよ」
「じゃ、取ってください」

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10