小説

『Golden Egg』室市雅則(『金の斧』)

木こりの自分が死ぬのなら、やはり森の中であろう。二人で静かに死ぬのだと妻の遺体を背負いながらと良き場所を探して彷徨い歩いた。
力なく、だらりと垂れるだけの遺体は重かった。
それよりも遥かに重量がある幹を扱っているのにも関わらず、妻の亡骸を運ぶことは辛かった。
妻を失ったというショックが精神的な疲弊を生み出しているだろうが、それだけでなく、その重さは身体的に堪え、項垂れるだけの人間の重量は予想外であった。
一休みをしようと真新しい切り株に腰をかけ、妻を地面に横たえた時に、あの一部始終を目撃したのだ。
それを見て、男には妙案が浮かび、一筋の光明が差し込んだ気がした。
――この嘘つきが。
女神は確かにあの木こりに向かってそう言った。あの木こりは嘘をついたから全てを失った。となると、金と銀の斧を手にした奴は正直に言ったのだろう。それならば自分も正直に告げれば…

嘘をついた木こりが泣きながら、肩を落として立ち去る姿を見送った。
きっとこの話も町ですぐに広まるだろう。人の不幸話ほど流布が早い。
早くやらなくては。
男は地面に横たえていた妻の遺体を抱きかかえた。
徐々に硬くなり始めている。
改めて妻の顔を見る。
愛しい妻。
苦しくても微笑みを絶えることの無かった優しい妻。
すでに血の気を無く、灰色になっている。
男は静まり返った泉へと近寄り、淵に立った。
銀を垂らしたような水面に死んだ妻を浮かべ、そっと押した。
遺体は滑るように泉の中心まで行くと、静かに水中へと沈んで行った。

水面に立った泡が収まり、再び森を静寂が支配した。
男はじっと水面を見つめている。
――出て来てくれ。
さざ波が立ち、渦が出来た。
そして、女神が現れた。
全身から水を滴らせながら、男の目の前に女神がやって来た。
先ほどの女神であった。
男は女神の美しさに息を呑んだが、その表情から何を考えているかは窺い知れ無かった。
――何が出て来る。

1 2 3 4 5 6