小説

『くじの糸』青木敦宏(『蜘蛛の糸』)

「今年は今日を入れてまだ四日ある。必ずそれまでに終わらせるんだ。いいね」
「冗談じゃない!」と言いたかったが、福之平にその権限は無い。今年中だって?
 恵比寿の奴、貧乏神との折衝に失敗して、お釈迦様から叱責されたに違いない。きっとその腹いせに、こんな無茶を言ってきたんだ・・・ちくしょー!
 福之平は席に戻ると、担当地域の人間を猛然と調査し始めた。福を配るにしても、複数の人間だと、時間内に終わらないかもしれない。一人に一億か・・・重大犯罪者は対象外だから、それ以外で・・・ほどよく不幸な人間は・・・と。福之平は条件を絞って検索を続けた。

「福之平さん、こちらへどうぞ。貸出は蜘蛛の糸、一本で間違いないですか?」
「はい」
「今どき珍しいですね、蜘蛛の糸なんて。随分前になりますが、これを使って人間を釣り上げようとした方がいましてね、途中で切れてしまって人間は落下し、大問題になりました」
 それは聞いたことがある、と福之平は思った。
「老婆心ながら、緊急に備えて地上派遣の申請はしておく方が無難です。この糸、切れやすいから。最近は外資系のやり方を真似て、羽根を付けて飛んでいく方もいるみたいですがね」
「地上派遣の申請は、どれくらいかかるでしょうか?」
「今日は空いてます。戻ってくる方が多いですから。たぶん2時間もあれば・・・」
 福之平は貸し出された蜘蛛の糸を持って、少額備品管理課を後にした。
 地上派遣申請を自分の席で終わらせて、今度は余剰資産管理課へ出向くことにした。ここでは身寄りが無いまま亡くなった人の箪笥預金や、台風で沈んだ船の財宝など、人間界では使われることのない資産を一定期間、管理運用している。
「すみません、福之平です。さきほどお願いした品物を受け取りに来ました」
「少々お待ちください・・・これですね。昨年末の宝くじ、当選前後賞一枚、一億円相当」
「そうです。ありがとうございました」
 これで道具がそろった。時刻は午後2時を過ぎたばかりだ。なんとか間に合うだろう。
「よく見つけましたね、そんな品物。最近は、単に現金を拾わせるとか、楽な仕事しかしないような風潮があるけど、こういう福の配り方は、いいと思いますよ」
「はあ、ありがとうございます」
福之平は宝くじと蜘蛛の糸を持って、急いで地上連絡通路に向かった。
 現世連絡課の係員が、通路入り口で待っている。係員は間接通路9番へ案内してくれた。

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