小説

『悪いおじいさんのおばあさん』高橋己詩(『おむすびころりん』)

 するとそこに現れたのは、一匹の鼠坊主。位の高そうな雰囲気を醸し出しています。
「おばあさん、おばあさん、おいしいおむすびをありがとう。お礼につづらを持っていきなさい」
 鼠坊主は、早速大小二つのつづらを差し出してきました。時間にシビアな業界で生きているのでしょうか、その動きには一切の無駄がありません。きっと二つのつづらは予め袖の方に用意されており、それ以外にも事前の段取りが過不足なく行われているに違いありません。担当者間の連携が的確に取れているのも窺い知れます。
「大小、どちらでもいいのだよ」
「うーん。どちらにしようかしら」
 と迷う素振りを見せながらも、おばあさんの頭の中は、大きなつづらをパカっと開けたときの光景で一杯になってきました。大量の大判小判や、クーポン券、リキュール、各種雑誌のバックナンバー。あれも、これも。
「じゃあこっちにしようかしら」
 おばあさんは大きい方のつづらを指差しました。
「そっちは重いですよ」
「うん、でも頑張る」
「わかりました。じゃあ現物を用意してきますので、少々お待ちください」
 どうやらここに並べられたのはサンプルのようです。
「あの、ちょっとごめんなさい」
 おばあさんは、準備に取り掛かっていた鼠坊主を呼び止めました。
「どうしました」
 責任者然とした鼠が出てきました。
「あの、ごめんなさい。小さなほうに替えていただけるかしら」
 おばあさんの心に変化が生じました。遠慮の心が芽生えたのです。自分はおむすびしか渡していないにもかかわらず、あれもこれももらってしまうのは、さすがに気が退けてしまいました。
「ごめんなさいね。せっかく用意を始めてくださったのに」
「そうですか。ちょっと今から変更できるか確認してきますね」
 といって鼠坊主は袖の方へと消えました。おばあさんは少し申し訳ない気持ちになりました。
 しばらくすると鼠坊主が戻ってきました。やや顔を顰めながら説明を始めます。
「ちょっとですね、今現場のほうが大きい方を用意をしてしまっていてですね、ちょっとここからだと、あの、変更は難しいといいますか」
「本当にごめんなさい」おばあさんは頭を下げました。「本当はね、私も大きいほうを持ち帰りたいの。でも、さすがにあれこれあっても大変でね。私も残りが短いから、大変になっちゃうのよね」
 それは本心でした。
「うーん、なるほど」
 おばあさんは、もう一度頭を下げました。すると鼠坊主は引っ込み、また別の鼠坊主が出てきました。先ほどの鼠坊主より、更に偉い感じの雰囲気です。

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