小説

『悪いおじいさんのおばあさん』高橋己詩(『おむすびころりん』)

「でも、怪しいわぁ。本当かしらねぇ」
 おばあさんは茶化して笑いましたが、内心はちゃんと疑っていました。確かに関心が膨れ上がってはきます。ですが、どこまで言われようと、こんな話しを心から信じられるわけがありません。
 実は以前にもこうして儲け話を持ってこられたことがあります。そういう儲け話は大抵、どこかに行って何らかをやると、金品が手に入る、というものでした。おじいさんはそういう話しに目がなく、いつもそれを実行するのですが、決まって痛い目に遭って帰ってきます。あと一息、というところで余計なことをし、天罰が下るのです。
「うぅん、どうしよう」
「これ、ほら」
 隣のおばあちゃんは証拠となる写メを見せてくれました。これでもう疑う余地はありません。絶対に本当です。
 隣のおばあちゃんが帰ったので、おばあさんは身支度を始めました。こういうときはおじいさんが行くのが通例ですが、今はあまり元気ではありません。先月、儲け話に乗ったものの余計なことをして痛い目に遭ったばかりなのです。
 おむすびをアルミホイルで包み、型崩れしないようケースに入れます。支度を終えたおばあさん。テンションはガン上げです。たったのこれだけで大判小判を持って帰ることができるのです。これは急ぐしかありません。急がなければ、民衆に先を越されてしまいます。ダンス鼠坊主に関する情報がすべて間違いであるとまでは思えませんが、少なくとも、定員オーバーになるということは想定できます。在庫がなくなったら大変なことです。
「ね、おじいさん。うちら、金持ちになれるかもなぁ。ここまでおじいさんには苦労かけたなぁ。でもいつかこんな日が来ると信じていたわぁ」
 おじいさんには詳らかにしないよう、おばあさんは意識しました。これを知れば、きっとおじいさんは我先にと山へ向かい、間違いなく何か余計なことをして痛い目に遭ってしまいます。それは避けたかったのです。
「じゃ、おじいさん、山のほうへ行ってくるから。ちょっと待っててくださいね」
「はやく芋食わせろ、ばか」
 おばあさんは家を出ました。
 外の空気はとても冷たく、乾燥しています。指のパックリ割れ、腰痛、嫌な冷えをもたらすので、おばあさんは嫌な気持ちになってしまいました。それでも、つづらを持って帰らなければ、という強い気持ちが、おばあさんを前へ前へと進ませます。
 八時間ほど歩いたところでしょうか。おばあさんは疲れてしまい、レストコーナーのあるコンビニに立ち寄りました。もうそれなりの年齢です。昔はあれだけ動けたにも関わらず、今では体力的なやばさも感じることが多くなっています。
「疲れた。しかしここで諦めるわけにはいかん。おじいさんのためだ」
 あんなおじいさんですが、昔は結構イケてました。
 森にいる熊や鬼と対峙しても決して怯むことなく、それらの主張を次々と論破しては嬲り殺しにし、地主たちに尊敬され、山菜採り会を主催してもいたのです。当然その会には女子が多く入会し、毎日のように大勢の女子を引き連れて山道を闊歩していました。毎月の山菜採りレッスン料だけでなく、それ以外の物販収入もあったそうです。

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