小説

『youth』村崎えん【「20」にまつわる物語】

 言ってから、茉奈美は猛烈に後悔した。なんで私はこんなにダサいんだろう。ずっとこうなのかな。真智や岡野晴香みたいに、上手く生きてはいけないのかな。
「二十年」
 茉奈美の目の前に、明香里がピースサインを突き出す。
「え?」
「二十年だよ」
「二十年?」
「私たちが本当に、自由に、なりたい人間になれるまで。十六歳の今から、あと二十年なの」
「ハタチ……じゃなくて?」
「違う。今日から。私たちは今日生まれたの。今からスタート。だから今から二十年。自分を生きるの。誰のためでもせいでもないよ」
 明香里はピースのまま、「最後のバラード、中島みゆきの『糸』にしちゃおう。私あの曲好きだから」子どもみたいにニッと笑った。そんな、と戸惑う茉奈美に、
「大丈夫、こんなちっぽけなこと。宇宙のこと考えてみなよ。そしたらどうでもよくなるからさ。でも私たちにとったら、やっぱ大革命かも」
 明香里は無邪気に言った。そうしていきなり走り出す。茉奈美も慌てて後を追う。右肩でヘムの鞄がガサガサ揺れた。その感覚だけが、妙にくっきりとしていた。

 
「続いて、新郎様ご友人による……」
 あの日、文化祭の日。結局どうしたんだっけ。明香里が言った通り『糸』を流したんだっけ。
 照明の落とされた来賓席の中、茉奈美は明香里の姿を探す。どこにいるの、明香里。必死になりすぎて体がテーブルにぶつかった。慌てて姿勢を正す。淡いピンクのドレスが揺れる。
 いい年してピンクなんて。
 いいじゃん。だってやっぱ可愛いんだもん。
 近くで声がする。花で飾られたテーブルに座る茉奈美のすぐ隣で、二十年前の自分と明香里が楽しそうに笑っていた。明香里だって実はピンク好きなくせに……茉奈美は口の中で言葉を転がす。二人の女の子が、ふっと消える。
 そうして茉奈美は気づいてしまう。
 明香里はもういない。いや、いなかった。ずっと、いなかった。あれは私の分身だった。寂しさと憧れが作った分身。
 ピンクのドレスの上で両手を重ねる。二十年前と変わらない感覚に、茉奈美はそっと目を閉じて、名前を呼ぶ。だけどもう、返事はない。

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